2017/04/22

輝いていた少女の情景

松野莉奈

二月に亡くなった、私立恵比寿中学松野莉奈さん。今でも時折思い返し、物悲しい気持ちに苛まれるが…動画を探す内に、彼女のソロ曲があるのを見つけた。
僕はエビ中の結成初期、りななんが加入して間もない頃に推していた限りなので、全く知らなかった。「できるかな?」というこの曲は、少女の願望や夢を率直に綴った飾り気のない、りななんらしいナンバーである。
拙い歌声だけれど、一生懸命に歌うりななんは眩いほどに輝いて、胸を打たれるものがあった。生命力に満ち溢れたその姿は、無論、死というものとは全く無縁であり、確かな少女の魂ともいうべき輝きが集約されていたのだ。

心を掴まれて引き込まれるようにして見ていたのだが、最後の語りの部分で、思いがけず号泣してしまった。普段、滅多に泣くことはなく、男のくせに人前で涙を見せる輩を軽蔑しているほどだ。しかし、どうしても心を揺さぶられ涙が止まらなかった。
どうして、彼女は叶えられなかったのか。夢や希望に溢れた未来を、なぜ手に出来なかったのか。そこに確かに存在していたはずの生命は、何処へ行ってしまったのか。全てが無情にも掻き消されてしまったのか。
彼女は、もうこの世にいない。幻のように、儚く消え去ってしまったのだ。あんなにも光り輝いていた命の灯が、こうも簡単に吹き消されてしまうなんて…。

生の延長線上に死があるのではなく、生きている以上、常に死が傍に寄り添っている。生と死は、表裏一体なのだと思い知らされる。
死によって存在が消され、人々の記憶にのみ残される。「心の中で生きている」などと、青臭いことは言いたくない。どんなに愛されていたとしても、いつかは色褪せて忘れられる時が来るだろう。
しかし、僅かな痕跡は残るのかも知れない。これだけ輝いた瞬間が、一生の内に有り得た人であるならば、それは確かだろうと思う。
僕は、りななんの死によって、自らの死を強く印象付けられた気がする。有り難いことに、僕の死は他者に何ら影響を及ぼさず、文字通りの消失でしかないという事実を再認識することにより、自らの終末にのみ意識を集中することが出来るはずだ。
僕はもう、そう長くは生きない。この無様でつまらない人生を、ある程度のところでシャットダウンするべきと考えている。人それぞれの人生、思うがままに生き、もう沢山と思えば死を選ぶのが何より幸せなのだ。

いつか上手に、お別れができるかな?
彼女は死に、僕は生きている。不条理にも思えるが、これも運命なのだろうか。しかしながら、この別れは、胸の内を引き裂くように痛々しく苦しい思いを募らせる。
いつか死の床についた時、開かない目蓋の裏に、輝いていた少女の情景を見るだろう。どんなにか美しく、得もいわれぬほどに光の帯を纏った美少女が歌う、その姿。
信じられないような再会を経て、僕の心に浮かび上がるのは、あの透明感溢れる松野莉奈の輪郭なのだ。

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2017/02/09

生命の灯が消える時

松野莉奈

非常にショッキングな知らせが舞い込んできた。私立恵比寿中学のメンバーである松野莉奈さんが急死されたとの一報、にわかには信じられない、あまりに悲しすぎる訃報だ。
体調不良によりコンサートを急遽欠席する旨の告知から、たった一日。若い命は、あっという間に失われてしまった。
言葉で言い表せないほどの大きな衝撃が、全身を貫いた。死因は未だ明かされていないが、恐らく病死とのことである。

りななん」の愛称で親しまれていたこの子は、エビ中初期からの主要メンバーで、高身長を活かしモデル業でも活躍した存在感のあるタイプだったと記憶している。実際に、加入当時の小学生時代には、背が高くて少し天然な雰囲気が僕の興味を引き、爽やかで清楚なルックスも相まって、一時期ではあるものの確かに推していた時期があった。
(参照:一瞬の映像に生きる少女達
とても健康的なイメージもあり、まさかこんなことになるとは夢にも思わなかった。全くもって信じられない思いで一杯だ。
スターダストには、ももクロ妹分のグループ3B juniorのメンバーがテレビ収録中に倒れ一時重体となる、いわゆるヘリウム事件があった。そのメンバーは幸いにも後遺症もなく回復したが…ここにきて妹分一番手であるエビ中で、こんな最悪なことが起きてしまったのだ。
一体全体、どうなっているのか。スタダは呪われているのか!?
想像を越えるようなショックを受けているであろうメンバーが気がかりだが、場合によってはエビ中解散も有り得る危うい状況だと思う。しかしながら志し半ば、無念の内に亡くなった彼女を思えば、他メンには何とか頑張ってもらいたいと願うばかりだ。

さて、かように弱冠18歳にして儚く散ってしまう命もあるという冷徹な事実に直面したわけだが、この何の役にも立たない哀れで孤独な中年が、今なお生きているのは果たしてどういうことなのだろう。
人間は死ぬべき時には死ぬものだ」。両親を一晩もしくは一日二日で相次いで亡くした僕は、この思いを強くしたはず。そうはいっても、死んでも誰も悲しまず何ら影響のない人間の命と、若くて可愛い将来性溢れる女の子の命では、重さがまるで違うだろう。
それでも、非情なまでに運命というのは頑なだ。僕は常日頃から、生と死について考えを巡らしていることが多い。特に、死に関しては関心が高い傾向がある。自らの死は、常に意識するよう心掛けている。
死とは、深いようでいて実は至極単純なのかも知れない。意識の消失、その限定された状態が深い睡眠であり、目覚めることのない状態が死であるとほぼ推定出来る。つまり、死する本人にとっては、それほど恐れるべくでもないわけだ。
問題は、やはり遺された者の傷心であり、死によって永遠に断絶された状態を絶対に変えられないことである。当たり前だろうが、死人とはもう二度と会えないし、会話することも触れ合うことさえも一切許されない。例え自分が死んだとしても、会えるわけではないのだ。

脳梗塞で一晩で死んだ母親。つい二日前まで元気に会話していた相手が、ただ固くなって横たわっていた。
葬式で冷たくなった母親の頬をそっと触れた感触が、今でも忘れられない。もはやそれは、人間ではなく冷たく重い物体でしかなかった。
人間は皆、そうやって死んでゆくのだ。そこにあるべき命というものは何処かに抜け出して、抜け殻のような入れ物だけを残していく。
魂とでも呼ぶべきそれらは空に吸い込まれ、やがては果てのない宇宙に拡散してしまうかのように。

失われることの虚しさ。僕が自分の命を軽んじるのは、遺される者が居ないから。生命の灯が消える時、最も大きな悲しみが生まれるとすれば、その人を大切に思い、深い愛情を感じる人間が確かに存在している場合に限られる。
かつてのあどけない面影に魅了された人間の一人として、松野莉奈さんに謹んで哀悼の意を表したい。

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2017/01/02

重圧から始まる新年

森戸知沙希

年末恒例の総決算記事を見送ったのは、少なくとも僕個人の中では異例な事態である。アイドルに対する熱が冷めるにつれ、注目すべき事柄が限られてきており、総括するほどのものがなかったからといわざるを得ない。
このままアイドルに何ら関心を抱かなくなってしまった場合、このブログを継続する意味がなく、閉鎖することになり兼ねない危機的状況に陥るだろう。同時に、生き甲斐を失くした僕の人生も、いよいよ終わりを迎えるのかも知れない。

昨今は、特に生活そのものに張りがなく、精神的にも肉体的にも力が湧いてこない状態が続いている。生物としての死というのは、いわば自然発生的に、こうした怠惰な成れの果てに訪れるものか。必然なのかも知れないと、心のどこかで感じているところだ。
兎にも角にも、哀れな中年世代での最期を避ける為にも、今しがた注視している少女らの現状と今後の要望を反芻しておきたい。

ハロプロにおける、静かなる空洞化。顕著なモーニング娘。を始めとして、若手ユニットにも絶対的な存在は見当たらない。
前記事でも言及した通りの印象薄い新メンバー、これにより本体の将来が不透明になってしまった。加えて、小田さくらとのダブルセンターを画策していたと思われる佐藤優樹が、椎間板ヘルニアで休業する事態に…。雲行きは悪くなる一方だ。
カントリー・ガールズ嗣永桃子が引退、やはり不安要素が大きいが、主要メンである森戸知沙希が髪を下ろして確変するなど、若手の底上げが少しは期待出来る現況か。個人的にも地元出身というのもあり、頑張って欲しい。
こぶつばに関しては、こぶしの一時期の勢いに陰りが見える中、つばきファクトリーはようやくメジャーデビューを迎え、唯一の光明を見い出せるだろうか。新加入の小野田紗栞は早くもセンター扱いされており、美少女としての期待度も高いので注目すべきだ。

さくら学院アミューズ勢も、粒選りでありながらグループの顔になり得る存在が居ないのは同様。知名度と経験豊富なプロの立ち回りで無理矢理引き抜かれた?黒澤美澪奈が今年卒業、次期生徒会長山出愛子で確定だろうが…ビジュアルと印象不足により、かなり不安定要素が強いといわざるを得ない。岡田愛日髙麻鈴といった個性の強いメンバーにより、うまく乗り切って頂きたいものだ。
その他では、吉田爽葉香森萌々穂が成長し、存在感を増すことに期待するしかないだろう。いずれにせよ、春の転入生には大注目だ。
現状、僕が最も心動かされているBABYMETALは、もはやアイドルを捨て、世界的アーティストの領域に入ってしまった。国内露出の減少は紅白落選により決定的となり、海外の大物とのコラボに終始している状況が早くも見えてきている。
最も推しているゆいもあ水野由結菊地最愛)が今年18歳に達し、アイドルとしても厳しい年齢に差し掛かりつつある。恐らく今後も、世界基準での海外活動がメインとなるのは確実であり、距離感は遠のくばかりだ。世界に羽ばたく姿は嬉しくもあり寂しくもある、複雑な心境に見舞われている。

若手女優、子役の面では、やはり人材不況を感じ得るが、限られた中で注目に値する存在が居ないわけではない。
芦田愛菜の系列を断固として否定してきた僕ではあるが、彼女も12歳となり、それなりに可愛く成長してきたと認める。しかしながら、当然として追い求めるのは、非の打ちようのない美少女。それに今一番近い存在が、篠川桃音と断言出来るだろうか。
国際映画祭に出展する新作映画「淵に立つ」でも、輝くばかりの可愛さにより共演者をメロメロにし、演技も折り紙付きという噂。多大な期待を寄せるに値する、美少女子役の誕生を目の当たりに出来るのかも知れない。
アミューズのバックアップが珍しく正常に機能している感の、山田杏奈の活躍にも目を見張るものがある。さくら学院へのアイドルルートが断たれたのは残念だったが、その卓越した美少女ぶりはそのままに、女優として順調なのは嬉しいばかり。
咲-Saki-」実写版でも主演級の扱いであり、業界の評判も上々のようだ。正統派美少女としての質が飛び抜けて高いだけに、女優以外でのグラビア展開、トーク番組出演なども大いに期待したい逸材の一人といえる。
篠川桃音

年明け早々、全てにおいてマイナスから出直しするかのような、ネガティブな感情に浸っているのが何とも情けない。
なぜ、前向きになれないのか、なぜ、未来に希望を持てないのか。いわずと知れた話だろうが、僕にとって泥沼の中で握り締めた命綱が美少女であり、アイドルであったのは誤魔化しようのない事実なのだ。

数十年に渡り想い続け、憧れを抱いたことへの功罪。今にして、ひしひしと心の重圧と化している。この愚かなる半生に報いるとするならば、いわずもがな渇いた胸中を満たし、今一度燃え上がらせる珠玉の美少女との出逢いに他ならないのだ。

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2016/09/30

拡大解釈による暴走

小学生の女児に露出の多い水着を着せたDVDを製造・販売したとして、関係者数名が検挙されたとの報道を耳にした。
このDVDはモザイク処理されていたが、パッケージに見覚えがあり、女の子の名前や作品名などすぐに特定することが出来た。購入したわけではないので詳しくは分からないが…かなり生地面積の小さい水着による大胆なポージング、下着を連想させる擬似パンチラなどを含んだ内容らしく、いわゆる「着エロ」と呼ばれるものに限りなく近いといえるようだ。

ただ、問題とするべきは、あくまで水着を着用しただけのイメージビデオを児童ポルノと断定し、逮捕にまで踏み切った点である。
いうまでもなく、児童ポルノ禁止法が、法律として極めて不完全なまま施行されているのは周知の事実だ。児童ポルノをはっきりと定義付けすることなく、衣服の一部を着用しない云々、性的に刺激するもの云々といった風に曖昧な表現に止まっている。
衣服の一部というのが水着を意味するのか何なのか、無論、性的に刺激を受けるのは人それぞれであり、千差万別であるのも当然の話であって、まるで不明確なのだ。
つまり、恣意的に拡大解釈することによって、どんな事案であれ検挙出来てしまう危険な状態にあるといっていい。例えば、水着どころか上着一枚脱いだだけで児童ポルノと認めることも出来るし、服を着ていても胸の大きい子は強調されたとして、取り締まる側の主観ひとつで逮捕拘束出来てしまう。もう無茶苦茶である。
児童の裸以外を取り締まりの対象とするなら、明確な定義付けが不可欠だ。水着の形状を特定した上で指定する下着を想起させる類いのシチュエーションポージングやカメラアングルに至る全てを、こと細かに定義されていなければならない。
もし、それが出来ないのであれば、明らかな児童の裸のみをポルノと認定するより他はない。今回の報道で知った一連の事案は、法的解釈を逸脱したやり方であり、明らかに暴走だといわざるを得ないだろう。

そもそも、水着をポルノと認めること自体おかしい。水着がポルノなら、学校の水泳の授業はポルノを奨励しているようなものだし、小中学生の水泳大会は児童ポルノ大会ということになる。
小学生の水着が問題視される風潮もあるが、なにも今に始まったことではない。あくまで芸能活動の一環としての写真集やイメージビデオならば、何十年も前から当たり前にリリースされ続けている。
それどころか十数年前には、子供の裸がドラマやCMを通じてお茶の間に流されていた。芸術としても扱われ、それこそ小学生だろうと幼女だろうと、様々なヌード写真集が溢れていた時代があったのだ。
当時は、それが健全なものであり、嫌らしいと考える方がおかしいと思われた。それが、欧米の規制強化の波に呑まれるようにして倣い、本来必要ではない規制を強めたわけだが、果たしてその成果は挙がっているのだろうか?
はっきりいって、何の結果も出せていない。規制前と後を比べても、性犯罪等の発生件数はほぼ横ばい、児童虐待の件数に関しては増加傾向にあるとまで聞いている。それでも、規制の厳しい欧米諸国に比べれば、日本は圧倒的に少ない。要するに、全く必要のない規制強化だったということが明白なのである。

子供を守るのであれば、昔からあった地域による見守りの体制を最優先にするべきだろう。
昨今は声かけ事案等で、挨拶したり道を尋ねたりしただけで通報されるご時勢である。これでは、誰も子供に関わりを持とうとは思わないし、何か危険を察知していても、見て見ぬふりをするに違いない。(参照:束縛された世界の行く末
いたずらに規制を強め、他人を信用せず不審がるだけでは、犯罪の抑制どころか、それを助長し兼ねない悪循環に陥るかも知れない。

僕は決して児童ポルノの規制に反対しているわけではなく、適切な解釈に基づく「着エロ」を始めとした行き過ぎた水着の規制には賛成する立場だ。ただ、今の法規制の状態があまりに酷く、現行の児童ポルノ禁止法には法改正が必要だし、それが出来ないのならば廃止にするべきだと考えている。
少なくとも、極めて健全な内容である水着イメージビデオ等が規制されることがあってはならない。あくまでも少女ならではの爽やかで純粋な魅力、それを演出する重要な一面を担っているのが水着であり、芸能の世界でアピールするには決して欠かせない。
一方的な解釈による抑圧は、適正な規制とは程遠いものであり、むしろ逆効果になり得るということを知って頂きたい。その点を、殊更に強く意識するべきだと思う。

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2016/05/23

痛ましい事件の教訓

とても悪いニュースだが、例の女性アイドル殺人未遂事件を取り上げずにはいられない。
いわゆる、ファンがアイドルに傷害を負わせる事件といえば、以前のAKB48握手会における凶行が思い浮かぶが…今回の件は、ストーカーと化したファンが思い余った末の犯行であり、性質が全く異なるものだ。
いわばフリーの地下アイドルであった被害者は、一般人と何ら変わらず単身でライブハウスに出入りし、そこに入り待ちしていた加害者の標的となった。通常であれば、マネージャーやスタッフと同行した上で、関係者出入り口などを使うはずである。非常に無防備であり、狙いやすかったといえる。
動機は、SNS上でのやり取りにおけるトラブルか。警察への相談もあったほどなので、よほど酷い行為があったのか。いずれにしても、この加害者がファンという立場を忘れ、暴走したことが原因であるのは間違いないだろう。

これを受けて、握手会等のチェックの強化、もしくは中止になる事態が早くも起きているようだ。しかしこの事件は、握手などの接触系イベントとは直接関係のない、悪質なストーカー事案だということを忘れてはならない。
僕は、かねてより、握手会など一定のファンとの距離感を重視する催しには肯定的である。推しであるさくら学院が、頑なに接触を拒絶することに対しても、常に疑問を呈してきた。
(参照:柔軟な演出と握手会の必要性
ただ、SNS上でアイドルとファンが個人的な交流を持つことには、いささか否定的である。ブログ等でも個別にレスするのではなく、全体を通しての返答を記事中ですれば十分だといえる。
あくまでも距離感のバランスが大切なのであり、全く握手会もしない、または密接に交流をし過ぎる、これら双方共に良いとはいえないのだ。今回の事件は、地下アイドル故に、ファンとの交流を深めようとする真摯な思いが、かえって悲劇を招いたと考えることも出来る。

今回の件を経て、各種イベントのセキュリティが強化されることはあっても、握手会などが廃れることがあってはならないと思っている。
70年代のアイドル創成期以来、受け継がれたアイドル文化として、握手会はあるのだ。販売促進の意味合いがあるとしても、ファンにとって貴重な触れ合いの場でもあり、アイドルを語る上で決して外せない大きなファクターであることは変わることはない。
それと同時に、今回のような事件を起こしたのは異常気質の犯罪者であって、アイドルファンとは呼べないことも付け加えておきたい。
アイドルを純粋に応援するファンの大半は、きちんとした良識があり、アイドルが手の届かない存在だと認識している。そして、その成長を見守り、ささやかな非日常の喜びを共有する。現実感のない夢に漂い遊ぶことで、十二分に満足出来るのだ。

アイドルとしての振る舞い、それらを形作る定義が何ら変わることなく、万が一に備えての万全の保安体制を確立させていく心配りを、サポートする側が常に有すること。それが今、最も求められている。
ひとつの事件で萎縮するのではなく、アイドル、ファン、スタッフ三者三様に、初心に帰るきっかけとするべきであろう。

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2015/12/28

2015年アイドル総決算

さくら学院と武藤彩未

この一年を通して、失い続けた感覚に見舞われたのは否めない。それは、ゆいもあ(水野由結、菊地最愛)卒業であり、島村嬉唄や鞘師里保の脱退であり、武藤彩未の休業であり、そして自分自身の熱量の低下でもある。
結局、現場(ライブや握手会等)に赴くことは一度もなく、単に傍観者を決め込んだ感じすらある。恒例の総決算記事を綴るにあたり、あれやこれやと思いを巡らす割りには、中身が薄いことにも気付かされた次第だ。
この中途半端な気持ちの方向性を定める上でも、今年を振り返ることは良いきっかけになるやも知れぬ。

世界戦略が破竹の勢いを見せているBABYMETALは、今年も凄かった。
盛況のワールドツアーに、欧米の大型フェス制覇。初の国内ツアーも敢行し、来年はウェンブリーに東京ドームである。全てが順風満帆だが、その反面、隠されるメンバーの素顔や、国内メディアの取り扱いには不満の募る一面も露呈したか。
しかしながら、確かな影響力の証しとして、方向性の似かよったグループが生まれ、思わぬ人気を集めたりもした。いずれにせよ、BABYMETALの話題性と影響力は途方もなく大きく、来年も、その勢いは衰えそうもない。

少女らの魅力の源泉
ワールドツアー絶賛の渦
国内メディアの腐敗臭
新ジャンルの波及効果
世界を巡る美少女の夢
デスラビッツの可能性

さくら学院強制卒業制度により失った、水野由結菊地最愛の存在感。この喪失感は父兄にも、そして個人的にも非常に大きく、一時はアイドルに対する情熱を失いかけるまでに至った。
ただ嬉しいことに、転入生の質の高さにより救われた感が、甚だ大きかった。主力を失って瀕死となったさくら学院が、見事に息を吹き返したのだ。
一方で、ゆいもあ、特に水野由結への思いが募り、郷愁に浸る中、初代生徒会長武藤彩未転落の一途を辿る。肥満と迷走の末、遂には活動休止。悲しい結末となってしまった。
BABYMETALはもちろん、モデル組の活躍や、さくら学院の復興。これに対し武藤彩未の低迷は、明暗が分かれた形となった。

さくら学院 今後への憂慮
死を受容するほどの失望感
清純派アイドルの生命線
水野由結 心の変遷
柔軟な演出と握手会の必要性
消えたソロアイドルの夢

ハロプロにおける新陳代謝。新世代のユニットが次々に生まれる中、衝撃的な脱退、卒業劇による不安定要素も垣間見え、波乱に富んだ一年だったといえるかも。
島村嬉唄鞘師里保という絶対的エースの離脱。メジャーアイドルのエースの座を、いとも簡単に捨て去る理由は、どうしても理解出来なかった。
アイドルの原則論に立ち返る契機ともなったが、嗣永桃子を範とする論説においても、最も重要なのはファンの期待を裏切らないイメージの構築であった。上記の二人は、極めて自己中心的な理由により、この大切な役割を放棄したと解釈せざるを得なく、大きな落胆を感じたものだ。
同時に、ハロプロ内に蔓延る肥満容認傾向も、到底納得出来ない懸念材料。アイドルの肥満は、絶対に許されない。この強い意思表明を、来年度のハロプロには期待したいと思う。

島村嬉唄脱退の衝撃
浜浦彩乃という救世主
肥満というアイドルの大敵
ももち論 永遠の炎
鞘師里保 突然の卒業発表

永遠に少女のままの記憶を刻むための習わし。そこでの、子役やモデルの美少女が果たす役割は大きい。
前田亜季の少女期を振り返る度に思い浮かぶ、「永遠の少女」というキーワード。それは連綿とした年月を経て、やがては「正統派」という定義付けを得たものだと、自分ながらの確信を満たしている。
正統派、そして穢れなき清純派の美少女を思う時の、必須条件は今でも何ら変わらず、そこに多大なる安心感を覚える。どんなに時代が移ろうとも、ひとつだけの真理を追い求める素晴らしさ。この姿勢は、これからも変わることはないだろう。

「永遠」に適う少女を夢見て
ありのままの少女の瞬間
蘇る正統派の記憶
美少女という有り様

新しい年を迎えるにあたって、新鮮な何かが生まれることの期待感は、それほどでもない。少なくとも、今ある価値の高いものが好意的な変貌を遂げて、この索漠とした心持ちに僅かな潤いを与えてくれるのを願うばかりか。

ほんの小さな喜びと、微かに響く心揺らす鼓動。理想に適うほどのものは求めないまでも、もう決して何も失いたくはない。
この陰鬱な孤独の現実と、ささやかな内向きの幸福感。これだけを握り締めて、残り少ない人生を歩んでいきたいと心より思うのだ。

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2015/06/12

国内メディアの腐敗臭

KERRANG! AWARDS 2015

もうここ最近においては、はっきりいうと話題がない。だいたいはBABYMETALに終始し、その他では、さくら学院ハロプロを少々といったところ。これでは、ほぼ記事は書けない。
昨年までは、AKB総選挙なども一応取り上げていたが、今年は全く興味が湧かず見てもいない。指原が、まゆゆが…正直どうでもいい。
早速、選抜メンバーのスキャンダルが発覚しているようだが、ひと言でいうなら「下らない」。勝手にやっててくれ。薄汚れたアイドルなぞに、微塵も興味はない。当然の話である。

この世界のトップがこの有り様なので、失望するのも仕方がない。今のAKB人気は、大手広告代理店の力により強引に持ち上げられ、盲目のヲタが、まんまと踊らされていることで成り立っているに過ぎず、いわば、まやかしに近くなってきているのではないか。
要は、相当な金が動いているということ。それ相応の金を積んでいるからこそ、人気が下火になろうとも、まるでお祭り騒ぎのように、メディアが大袈裟にはやし立てる。そうして、皆が錯覚を起こす。まだ大人気なのだと。そんなわけもないのに。

プロモーションに金をかけるのが、別に悪いとはいわない。ただ、それによってあからさまな扱い、特別待遇であるかのように宣伝する様に、大きな違和感を覚えることが、あまりにも多いのだ。
ここで、改めて蒸し返すのも気が引けるが…BABYMETALに関して、アミューズは国内向けプロモーションを、ほとんど行っていない。
取るに足らないAKBももクロの情報を、いちいち取り上げる国内メディアだが、BABYMETALがこれまで実力で掴んだ数々の功績を、一度としてまともに報じたことなどない。レディー・ガガ絡みの報道が、数えるばかりあっただけだろう。
昨年のソニスフィアで6万人動員した事実や、ブリクストン完売の実績も、報じたのはわずかにNHKだけだ。朝の情報番組で、チラッと流すのは、相応の扱いとして報じた内には全く入らない。
この国のメディアは、金を積まなければ、どんなに海外で実績を上げようと総スルーである。つくづく、終わってると思う。

このほど、世界的にも最も有名なメタル誌であるケラング!の授賞式に、BABYMETALが出席した。「The Spirit Of Independence Award」という権威ある賞を、日本人としては初受賞稀に見る快挙である。
しかし恐らく、日本のメディアは、おおむねスルー確定だろう。本来なら、エンタメのトップに速報でのって然るべきだ。なんなら、BABYMETALのこれまでの軌跡を特集する、特別枠を設けてでも。
欧米では、多少の差はあれど、実力や実績をメディアがきちんと評価し、それに応じた報道をする。日本のように、中身のない薄っぺらい情報を、過剰に報じるようなことは決してない。

アイドルも、それを取り巻くメディアでさえも、金とスキャンダルで汚れ、腐敗しているように思えるやり切れない虚しさといったら…。
単に推しが見つからない苦悩とは別に、胸の内に湧き上がる耐え難い憤りが、この底知れぬ絶望感に、より拍車をかけるのだ。

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2015/05/02

死を受容するほどの失望感

つばきファクトリー

このところ、すこぶる体調が悪い。なんの理由もなく胃がシクシクと痛み、まともに食事するのもままならない。
もう何十年も健康診断に行っていない。日々老け込んでいく身体に、なんらかの重大な病変が起きていても不思議はないだろう。
例えば、癌とか。とある俳優が末期癌を告白していたが、その中で「生き甲斐もなく苦しむだけのために生きるなら、安楽死の方がいい」と心境を語っていた。至極、もっともだと思った。

身近な人間を立て続けに簡単に亡くした僕は、人の死を軽く考える傾向があるかも知れない。余計な宗教観を抜きにして、それは全ての終わりに過ぎず、単に永遠の眠りだと解釈するしかないと考えている。
人は、生き甲斐があればこそ唯一の生きる理由があるといえて、そうでなければ無理に生きる必要などないのだ。僕は、その拠りどころを見失いつつあるのかも知れないと、常々思うようになった。

アイドルを追いかけ、もう30年近くになる。我ながら呆れるほどに溺れた世界ではあるが、これがただひとつの生き甲斐でもあった。
この長い年月の中で、かつてないくらい失望感に満ちているといえないか。心惹かれる存在が、まるで思いつかなくなってきている。

ゆいもあ水野由結菊地最愛)ロス症候群。これは、僕の予測を遥かに超える心的ダメージを、より根深く残したのかも知れない。
清楚で純粋なイメージに惹かれたさくら学院であったが、この双璧を失ったことで思いのほか骨抜きになった。転入生に僅かな希望を繋げる現状だが、あまり多くを期待出来そうにはない。
かといって、AKB勢はスキャンダルにまみれ救いようもなく、ももクロは見た目が悪く正統派からも程遠い色物だ。これらに取って代わる一大勢力としてハロプロなどが挙げられるが、つんく♂が病に臥せたことで、刷新を急ぎ過ぎている感もある。
オリジナリティに欠ける、研修生ユニットの乱発こぶしファクトリーに続いて、つばきファクトリーとか、あまりに安易すぎるだろう。こんな二番煎じみたいなことをしていては、各ユニットの価値が下がる一方だ。残念という他はない。

そんなわけで、どうにもときめきのない現況を嘆かずにはいられない。このブログをやめてしまうことはないだろうが、それが頭を過ぎるほどに、多大なる失望感、喪失感を抱えてしまったと感じている。

生き甲斐を失うことは、すなわち精神の死を意味している。それは肉体の死を遥かに凌ぐ、痛切な意味合いが込められていることを理解しなければならない。
胸の内に熱く込み上げるものが完全に潰えた時、僕は本来あるべき生物としての死を、難なく受け容れることになるのだろう。

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2015/02/25

望まれないアイドルの「全力」

ずっと気になっていた話題なのだが、例の12歳アイドルヘリウムガス吸引事故の続報があったようだ。
事故から数週間もして、ようやく意識が完全に回復したという。いかにも全快するかのような、退院の目処などという表現もあったが、これは正確にいえば、リハビリ施設等への転院という意味だろう。
この件に関しては、事故発生からの公表の遅れや、不自然なほどの各マスコミの小さな取り扱いもあり、あまり信用出来ないという印象が先に立つ。核心部分をなるべく隠蔽し、責任を逃れようとする意図が見え隠れしてしまうのだ。

今回の事故には、すでに警察が捜査に入っているものの、恐らく局や製作側の過失責任は問えないだろう。大人用のヘリウムガスを使ったらしいが、これが直接の原因ではなく、極めて稀な悲運の事故と思われるからだ。
しかし、そうはいっても、長期間の意識混濁や、専門医への受診が遅れた経緯もあり、ほぼ間違いなく重大な後遺症を負っているものと見られる。当然、事務所の管理責任が問われるし、局側の責任も逃れられるものではない。

確かな情報ではないが、全力で走った後、思い切りガスを吸い込んだらしく、度を過ぎた一生懸命さが生んだ悲劇といえなくもないか。いわゆる、ももクロの妹分ということで、全力パフォーマンスを見習い、追いつき追い越せといった気概に満ちていたのかも知れない。
アイドルに限ったことではないが、「全力」は確かに聞こえが良い。しかし、どうもその意味を履き違えていないだろうか!?

昨今のアイドルは、メジャーに限らず、地下アイドルに至るまで、非常によく頑張っている。それは認めるが、ノンストップで何時間も歌い踊り続けるライブをしたり、どこぞのグループのように丸一日、握手し続けたりするのは果たしてどうなのか。
それは、もはや「全力」ではなく、無茶や無謀というものだ。若いから大丈夫というのではなく、きちんとインターバルを取って休養し、学業に影響が出ない範囲で精一杯頑張る。それが、アイドルの正しい「全力」ではないのか?

僕が、AKBよりもハロプロを評価するのは、スキャンダル要因が一番であるものの、一方で、パフォーマンスの質によるところも大きい。
非常にえげつないAKB商法にも辟易するが、ハロプロは、そこまででもない。恐らく、メンバーを握手漬けにして時間を取らせるよりは、精力的なレッスンに、より多くの時間を割くだろう。
ももクロのような全力パフォーマンスも良いが、下手に無茶をさせるよりは、パフォーマンスそのものの質を上げた方が遥かに良いし、それこそ、ファンが最も望んでいることのように思えてならないのだ。

純真な少女が、無我夢中に夢を追った故に起きた悲劇。決して、繰り返してはならない。
全力で走る時にも、足元をしっかりと確かめ、時には身体を休めつつ駆ける心構え。無理をせずとも自分を磨けるし、ファンに感謝の気持ちを届けられるということを、アイドルを目指す少女らには分かって欲しいのだ。

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2014/12/29

2014年アイドル総決算

菊地最愛、水野由結

出来るだけ広い視野をもってアイドル全体を見てゆく姿勢を、これまで崩すことはなかったと思う。ただ近年においては、僕の中で、いわゆる「推し」が固定化しつつあるのを自覚してきている。
アイドル戦国時代という、一見して盛んに思える現状でありながらの、密やかな空洞化の進行。今や、大半のアイドルが、僕にとっては有象無象でしかない現実を受け入れざるを得ない。

今年を振り返ってみても、さくら学院BABYMETALモーニング娘'14と、ほぼ限定した話題に終始した。
来年は、主要メンバーの抜けるさくら学院から離れるのも予想され、ますます「推し」が限られるだろう。アイドルを生き甲斐としてきた身としては、この上なく寂しく、活力を見い出すのが難しくなっていきそうな雲行きだ。

アイドルに対しての深い失望感、その顕著なものが、いうまでもなくスキャンダルである。
AKB48グループにおける、相次ぐスキャンダルの発覚、その杜撰な対応を目の当たりにし、言い様のない嫌悪感を覚えたものだ。それでもなお、人気の衰えぬ異様な状況に際し、アイドルの原理原則が破られ、全てがないがしろにされた感じがした。
夜遊び飲酒にとどまらず、お泊り不倫に至るまで放任する事務所、運営側の姿勢には呆れてしまう。有望な若い子への悪影響は相当であろうし、何よりも応援してきたファンを裏切る行為は、絶対に許されるものではない。
あまり期待はしていないが、原点に立ち返って欲しいと切に願う。

虚飾で固められた世界
王道アイドルの在り方
決して揺らがない原則

水野由結菊地最愛、この二人に心惹かれたことによる影響は、唯一といっていいほどに好ましいものであった。
この存在がなければ、さくら学院のライブに赴くこともなかったし、BABYMETALを熱烈に応援することもなかったろう。特に今年に関しては、BABYMETALの世界的ブレイク、その契機となり、想像以上の勢いを感じたのは確かだ。
ワールドツアー敢行世界的に有名なメタルフェスへの参加ガガツアー帯同と、並みの中高生では、到底なし得ない一年になったはず。リハーサル映像の流出や、NHKの特番放送なども、話題性の高さを裏付ける。
BABYMETALの、この世界波及効果が、一体どこまで続くのか。熱い期待を込めて、来年も刮目していきたい。

BABYMETAL、欧州を席巻
BABYMETAL流出騒動の怪
少女が夢見る世界制覇
水野由結の涙
メタルレジスタンスのヒロイン達

ハロー!プロジェクトにおける改革、革新の機運は、今年、かなり盛り上がったように思える。
長年、現役を通してきたBerryz工房の、事実上の解散発表スマイレージ改名、増員人事。そして、最も注目すべきは、モーニング娘'14の新メンバー選出だろうか。
道重さゆみという大きな存在を失った今、早くも握手会等での集客減という影響が出始めているが…個人的には、この新メンバー加入によって、徐々に持ち直してくれると信じている。
スキルがやや不足気味だが、ビジュアルが総じて良く、個性的な印象もある。経験を積んで、順調に育っていけば、きっとグループを背負う中心メンバーになるに違いない。来年から、彼女らの成長過程を見られるのが大変に楽しみだ。

消えない記憶 少女の終焉
スマイレージ改変の不可解
少女のより良い育成環境

子役やモデルの女の子にも、いくつか注目に値する存在はある。アイドルでなく、女優路線を真剣に選択するケースは少ないが、それだけに高いスキル有する子も実際にいて、なおかつ美少女という逸材であれば、当然のこと目が離せない。
さくら学院編入が叶わなかった、ちゃおガール山田杏奈。着実に演技経験を積む、真の東宝シンデレラ浜辺美波。実力派子役であり、美少女でもある原菜乃華。全国区進出の期待がかかる、沖縄のダンスキッズ池間夏海
これら、非常に有望な美少女らが、演技力や親しみやすさ先行の子役陣、もしくはギャル化の著しいキッズモデルの中でも、とりわけ輝いて見えるようだ。無論、アイドル的活動へのシフトも十分に有りで、様々な可能性を秘めているということが出来る。

少女の魅力を見出す視点
少女美の完成型
子役美少女の生きる道

魅力あるアイドルが見つけられない現実に嘆くでもなく、どこかで諦めたような空虚な心持ちでいる自分自身が、ただひたすらに物悲しい。見知ったはずの世界が、みるみる色を失っていく気がする。

清純派のイメージを決して損なうことなく、どこまでも信頼するに足る格別の美少女アイドル。そんな、心より待ち望むべき存在にこそ、新たなる時代を感じたい。
群雄割拠の戦国時代を経て、淘汰刷新の末、選りすぐられた逸材が発掘されるのを期待するしかないのだろうか。

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