駆け抜ける伝説
ひとつだけ明確なのは、たとえようもない奇跡の到来。かつての色褪せた時に生きた、たった一人の少女が、今でも確かに僕の中に存在している。
もう何ら形すらなく、決して触れることも叶わない。遥かなる遠い過去に消えたその人が、どれだけ多大な影響を及ぼしたか容易には語り尽くせない。言葉に出来るとすれば、その尊い存在と些細な心の交流があった事実だけ。
清楚さの際立つ美しさを湛えた、美少女との出逢い。当時の僕は年甲斐もなく夢中になり、幾度となく彼女の元に足を運んでいた。誕生日には贈り物を贈り、それを大変に気に入ってくれた彼女だが、気持ちを伝えることがままならなかったようだ。
とても臆病で人見知りな性格だった彼女の取った行動は、きちんとした所作と礼儀正しさで感謝を伝えることだった。僕はそれを受け止めることで、ほんの僅かだがしかし確実に、少女の魂に触れることが適えられたのだ。
長い年月を経ても、どうしてもあの体験が忘れられない。当時、まだ幼さの残る年端のいかない少女が、なぜあんなにも真摯で、ひた向きでいられたのか。得もいわれぬ存在感を放ち、全ての理想に適う類い稀な美少女でありながら、なおも…。
その少女の名を口にすることはない。あまりに心根の深くに刻み付けられていて、言葉にすることさえ軽はずみに感じてしまうから。
この愚かしい生涯を閉じる時まで、ずっと胸に抱えていくことになる。人生における最高の瞬間として、記憶に有る限りは。
無論のこと、もはや伝説のような存在であるこの少女と肩を並べる存在は、現在において見られるわけはない。ただ強いていうならば、清楚な雰囲気と華やかな印象の中にも控えめな存在感を有する、共通の部分に似通ったものを感じる少女なら居るだろうか。
キッズモデルからカリスマへと、着実な歩みを見せ始めた林芽亜里のことは、かなり以前から気になっている。
大きな瞳に白い肌、華奢でスレンダーなスタイルと、まさに大人になる過程での少女らしい清廉な美しさに満ちている。ややおっとりした性格なのか喋り方がゆっくりで、柔らかい蕩けそうな笑顔に何ともいえず癒される。
二コラ単独表紙を経て、動画配信でも人気を裏付けるように、彼女メインの多数の動画がアップされている。まさに、ブレイク寸前といった感じ。
女子中高生のカリスマなどと謳われているが、この事自体に大した価値はないだろう。若い子の人気など、世の流行り廃りと一緒で、すぐに冷めて忘れられてしまうからだ。
そんな見せかけの名声よりも、モデルで名を売ってからの女優転身の方が、よほど現実味があって良い。事務所の力と本人の努力次第で、道は拓かれると思う。天性の美少女性をモデルで活かし、美しく成長してからの女優としての可能性にも大いに期待していきたい。
心を貫く感覚が時の理を越えて、永遠を感じ得るほどに鮮烈な印象を呼び起こす。あの還らない時は、生涯を通して得られたあらゆる瞬間を踏み越えて、少女の美しさにある本質とその癒しを切実なまでに訴えかけてくる。
駆け抜ける美少女伝説。遠いあの頃に、儚くも散ったその輝きは、もう形を失くした少女美の残骸でしかない。
全てが始まり、全てを終えた瞬間。永遠の別離に打ちひしがれたのを思い返す。決して気付かれることもなく、温かく包容し慰める柔らかな風となって今なお、心の只中をとめどなく駆け抜けていく。
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