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2020/02/19

サヨナラの傍観者

森崎美月

ある女子高生が自殺をした。彼女はそれを配信していて、電車に飛び込む後ろ姿が映されていた。
僕は不謹慎ながら、非常に清々しく美しい光景だと思ってしまった。死を覚悟し、何ら躊躇することなく踏み出した行為が、さりげない日常の中で展開されていく感覚。そんなことが起こっても、ひたすらに乗客は冷静で、ホームには柔らかな陽射しが降り注いでいる。

若いのにもったいないとか、命を粗末にするなとか、人に迷惑をかけるなとか。本当に死を決断する人にはそれぞれ事情があり、心に秘めた痛みや苦しさは誰にも分からない。一人の若い命が終わりを迎えた時、他人が好き勝手を言うものではない。
それに、無闇に自殺を止める輩にも嫌悪を感じ軽蔑している。自殺を止めるのなら、その人の深い苦しみを背負い、完全に救済する責任を負うべきである。それが出来ないのであれば、単に自己満足に浸りたいだけの無責任極まりない偽善的行為であるというしかない。
僕がこの女子高生の傍にいて、不穏な動きを察知しても、きっと何もしないだろう。ひとつの命が潰えるのに立ち会った機に、ただ静かに心の中で別れを告げるだけだ。

少女の儚い時、それは短すぎる時間故に、かけがえのない稀少さがあると思っている。これまで長い時を経て、幾つもの尊い時間が失われてきた。いうなればそれは少女期の死であり、もう二度と会うことのない面影に他ならない。
数えきれないほどの死、別れを経験する中で、いつしか僕の中には思い出という名の屍が累積していった。身動き出来ぬまま埋もれるようにして、僕はその死を肌で感じ、そしてそれを糧に生きる術すらも学んでいた。
それでも少女期の死を看取る度に、また新たな喪失感と空虚な心持ちに繰り返し悩まされることになる。

スターダストCM部門に所属していた森崎美月が、昨年末にニコ☆プチモデルとして新たな活動をスタートさせていた。
およそ四年ほど前にUSJのCMで見かけて以来、痛烈に虜となり、熱い視線を送ってきたが…その後は、これといった新展開もなく、長い月日が経過してしまっていたのだ。
(参照:王道アイドルを物思う時
そして、その初めての自己紹介動画を見る機会があったのだが、残念ながら落胆を禁じ得なかった。似合わない変なパーマをかけた髪形に、年齢に不釣り合いな大人びたフォーマルな装い。思いのほか声も低く、かなりイメージとかけ離れた印象が強かったのだ。
まだ六年生であるものの、若干、面長劣化の兆候が見え始めているのも気になった。顔の輪郭が縦に伸びるタイプのものだが、この系統は劣化のスピードが通常よりも速い傾向がある。
USJCMの頃の、眩いばかりの美少女ぶりは影を潜めつつあるのか。僕の中で、また一人、忘れ難き少女期が思い出だけを残して去っていくようである。

ただ逝くためだけの命。此処にこうして生きていることは、須らく在るだけの自然の摂理であり、単なる偶然に過ぎないのか。
ひとつ信じるものがあるとすれば、本能に訴えかけるかの美しさ、未完成であればこその一瞬の輝きに他ならず。
去りゆく少女の時は、永遠に心の中で留め置かれる。絞り出すようにして発したサヨナラが、いつか出逢えた喜びを顧みるかに散り散りと胸の内を舞っていく。僕はただ、置き去りにされた傍観者でしかなかった。

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2020/02/14

さくら学院に必要な方向転換

武藤彩未

さくら学院に関して、有料配信の番組を見ていないし、在宅継続中でライブにも行かない。こうした状況だと、全く何の情報も入らないし、メンバーの個性の魅力やライブで体感するリアリティもないわけで、ますます熱は冷めていく一方である。
もしかすると、今度の転入式が鍵になるかも知れない。そこで良い人材が得られなければ、いよいよ本格的に父兄卒業が現実味を帯びてくる気がしている。

こういった様に、熱量の低下に歯止めが効かない状況。育成機関と称し片手間な活動に終始、新規獲得を怠ってきたツケは必ず返ってくると踏んでいる。
今期卒業式パシフィコ横浜で開催するようだが、これは全盛期のゆいもあ水野由結菊地最愛)時代のNHKホールを超えるキャパシティである。この現状では不可解極まりないが、さくら解散を考えているのならある意味、合点がいく面もある。
解散となれば流石にショックが大きいが、今のままでやり方を変えずに特定の父兄のみを相手にしていくつもりなら、いっそそれもアリなのかなと思ってしまうほど。僕の我慢も、そろそろ限界に近付いてきているのだ。

活動方針への不満のみならず、慢性的なタレント不足が解消される気配もない。ワンファイブの四人が卒業後、これが致命傷になり得る。
ゆいもあの時代はいうに及ばず、結成初期の顔触れは今では考えられないほどに充実していたのを思い返す。そして、その礎を築いた初代生徒会長の現在にも、ここで言及していきたい。

ソロプロジェクト頓挫後、留学先のNZで危機回避し、帰国してからも地道な活動を続けている模様の武藤彩未。昨年末、新事務所に所属し、ライブで新曲を披露するなどした。
正直いって、世間的には既に過去の人となり、ソロデビュー当時のように皆からもてはやされることもない。ただしかし、本人のやりたいことを貫いて、好きなように人生を生きている感じがして妙な安心感はある。
その新曲を今更ながらに聴いてみたが…思いがけないほどにシンプルな曲調で、飾りのない歌声に好感が持てた。彼女が本当に何か波風を起こしたいなら、もっと奇をてらったもので勝負する手もあっただろう。ただ、この曲を聴く限り、彼女が自分の求めていたものを一途に追求していく意思表示を示したように感じた。
初代生徒会長の肩書きは、もう色褪せてしまった気もするが、これからも武藤彩未としての道を実直なまでに歩んで欲しいと思う。

18年度卒業生の新谷ゆづみが、ネットラジオという形ではあるが、自身の番組を持っているのは若干意外な展開であった。
さくら学院史上、最も地味で頼りない生徒会長だったかも知れない彼女が、これだけ推されていれば当然驚きもあるだろう。以前にも述べた通り、自信がなかったり挫折しがちなタイプながら、非常に温かな人柄で愛された。その牧歌的な優しさに満ちた雰囲気が、自ずと人を惹きつけるに違いない。
そして昨今、ラジオにゲストとして招かれたのは、初代学院生である三吉彩花。女優として卒業生随一の出世頭であり、今や映画ヒロインまで務める憧れの大先輩に緊張しまくりな新谷ゆづみが、とても可愛らしかった。
今となっては普段しないであろう、さくら学院の話題などもあり、非常に興味深かった。森セン武藤彩未松井愛莉と飲みに行ったエピソードなどは、話を聞くだけでも胸がときめくものさえあった。
とにかく地味で大人しめな印象がある新谷ゆづみではあるが、女優としての自分なりの立ち位置を見つけて欲しいと願うばかりだ。
新谷ゆづみ、三吉彩花

過去を思い返すほどに思うのは、さくら学院結成当初で完成されていたということ。いつの時代であっても、初代に比べれば少なからず見劣りする事実に直面してしまう。この感覚は、思えばずっとあった気がしている。

将来の女優やモデル、歌手の踏み台としてのさくら学院のあり方。アイドルを育成機関としか捉えられないアミューズの底の浅さには、長年アイドルを見つめ続けてきた僕からすれば、驚きを通り越して呆れてしまうものがある。
初心に返り、原点に帰る。優良な人材を擁し、出し惜しみのない精一杯のアイドルに注力する姿勢。今後、さくら学院の将来を好転させるには、こうした方向転換が必要不可欠だと今一度申し上げておきたい。

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2020/02/03

清純派女優の真骨頂

浜辺美波

清純派というイメージについて考える。初々しさが色濃い新進若手女優などは、決まって清純派と称されるが、必ずしもそうではなかろう。
昨今の不倫問題で世間を騒がしている例の若手女優も、まさにそのクチ。透明感だの何だのもてはやされていても、実際には戦慄するほどの薄汚い面を内に秘めているわけだ。
いわずもがな清純派というのは、見かけの雰囲気や美しさのみならず、内面の心の綺麗さを持ち合わせていなければならない。あくまで真摯であり謙虚さがあり、品行方正で礼儀正しく、真っ直ぐなひたむきさがあってのものである。ただ一概に、これを見極めるのは難しいだろう。

僕は自分でいうのも何だが、女の子の審美眼にかけては絶対の自信を持っている。しかしながら、その内面の奥深くに至るまで美しくあるかどうかは流石に分からない。
ただ、その人の本質的な部分も、外見や所作に少なからず表れると考えている。現時点で、紛うことなき「清純派」と固く信じられる存在を、女優のカテゴリーから幾つか挙げてみるとしよう。

現在進行形で大ブレイクしているのが、他でもない浜辺美波。デビュー初期に比べ演技の安定感も増しており、持ち前の清純派美少女ぶりもあって、躍進が止まらない勢いだ。
セカチュー」の長澤まさみを彷彿とさせる「キミスイ」の浜辺美波には、もはや将来の名女優とのイメージしか思い浮かばない。主演ドラマはもとより数多くのバラエティ出演など、女優の枠を越えた活躍ぶりには一段と驚かされたものだ。
察しの通り、僕は東宝シンデレラの頃から熱く注目し、彼女のことはよく知っている。元々は、地味で大人しめな感じで人見知りが激しく、ダンスレッスンで泣いてしまうほどの弱々しい印象が目立っていた。それだけに、今の華々しい姿には相当な驚きがある。
演技の成長もさることながら、彼女の一番の特徴となるのは、非常に丁寧に礼儀正しく話す点にある。例えば、例の不倫の人などは一見丁寧だが、どこか上の空で何を考えているのか分からない面があった。しかし浜辺美波の場合、共演者の印象を一人一人話した上でメッセージを添える等、血の通った温かみのある対応が深く胸に残っている。
どんなに売れていても決して天狗になることもなく、ひたすらに謙虚。キャラクターの優しさとか温かみを感じられる、数少ない若手女優だと思う。これこそまさに清純派女優、そう呼ぶに相応しい貴重な存在だと自負している。

真摯で聡明である、この一点にかけて秀でていると思われるのがアミューズ全面バックアップの秘蔵っ子、清原果耶
恐らく全精力を費やして送り出したに違いないが…その影響力を微塵も感じさせない突出した才能、そして年齢に見合わない落ち着きと知的な雰囲気、物事に真っ直ぐ向き合うような聡明さをも直感させ得る、純正統派の美少女である。
以前に一度、NHKのドキュメンタリーで司会を担当していたが、その時の佇まいや話しぶりが並みの十代のものとかけ離れたものがあった。
その辺の高校生では決して真似出来ない何か、きちんとした意思に基く真っ直ぐに心を射抜くかの魅力に溢れ、かつ柔らかな愛嬌も欠かさない。こうした特異な魅力を有する子を、僕はあえて「正統派美少女」と定義付けしたことがあるが、清原果耶こそ現代における具現化した姿だと断言することが出来るだろう。(参照:蘇る正統派の記憶
演技力だけでいえば前出の浜辺美波を凌ぐであろう、演技派女優の道も開かれている。この子といい、山田杏奈といい、アミューズは宝石のような才能と只事ではない存在感を併せ持つ若手を抱え、ますます業界での株を上げていくのは間違いない。

清純派という言葉を常に美少女に当て嵌めて、ひとつの象徴的なイメージとして認識してきたが、其れの意味する真実を直視するべきと自身に問い質さねばならない。
見掛け倒しのお人形。どんなに美しく才能に溢れていようとも、麻薬や不倫に手を染めているようでは単に人間の屑としか言い様がない。
真に尊び心より欲するのであれば、正しい見識に基いた人間性を有し、愛情に満ちた優しさや思いやりが表面に浮かび上がるかの美にこそ注目するべし。此れ即ち、清純派の真骨頂である。

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