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2018/11/11

少女の季節を生きる感覚

MERUCHU

やがて季節が移り変わり年月を重ねても、僕は相も変わらず少女の季節を生きている。明確に表すのなら、数十年に及ぶ時を隔てても、美しい少女の印象が心の奥底に焼き付いて離れないという意味合いだろうか。
未完成でありながら最も美しいシルエット、無垢で純真な硝子のような魂。これらの要素を有している存在は、どんなに他を探しても見つけることは叶わなかった。少女ならではの魅力だけが、この凍えた孤独感を紛らしたのだ。

いかに取り繕ったとしても、こうした心情を吐き出しただけで非常な迫害を受けることに変わりはない。俗にいうロリコン呼ばわりされ、酷い場合には犯罪者予備軍といったレッテルまで貼られる始末。
今、世界的にも、LGBTなどの性的少数者が擁護される傾向が強まっている。しかし正直にいうと、同性愛者の類いには違和感しか感じないし、そこまで擁護される理由があるのか疑問に思ってしまう。
決して、幼い少女に性的な目的で惹かれているのではないと固く断っておきたい。その前提でもってしても、人間本来の本能として全く不可解極まりない同性愛は明らかに異常であり、あくまで雄の本能に従い若い雌を求める小児性愛者は、まだ正常に近いといえる。同じ性的少数者ならば、なぜ一方は擁護され、一方が迫害されるのだろうか。理解に苦しむ。
無論、小児性愛を肯定するつもりはないが、きちんと人権を守られ適切なカウンセリングを受ける権利はあるのではないか。それによって性犯罪の抑止にも繋がるだろうし、同性愛者に注ぐ税金があるなら犯罪の未然防止に使われるべきである。

さて、これはあくまで個人的見解だ。どうでもいいことで無闇に叩かれるのは御免なので、このくらいにしておこう。
話を戻すと、少女の癒しという要素はアイドルにとって欠かせないものであり、逆風の強いジュニア世代、殊に小学生アイドルにおいては極めて特徴的なものになる。数少ないこの世代だが、とりわけ目を引いたグループをひとつ挙げておきたい。

詳細がなかなか掴めない地下事情において、主に小学生を扱ったグループは絞られるが謎も多い。
名古屋を中心とした活動らしい、DIANNAプロジェクト。どれほどの活動範囲なのか知らないが、最近リニューアルしたMERUCHUという名のグループが妙に気になった。
はじめての片想い」というMV、ほんわかした空気と甘く蕩けるような美少女のイメージが脳髄を揺さぶるようだ。この絶妙なお遊戯感は見覚えあるが、あえていうならあのボナプロテイストだろうか。つい魅入られてしまう。
特に推しの子というのは居ないが、この得もいわれぬ幸福感に包まれる感覚が秀逸である。歌もダンスもお遊戯レベルでしかないが、ビジュアル・雰囲気共に、今あるべき小学生アイドルの原型を示している気がしてくる。しばし見守り続けたい。
ちなみに、以前「あまのひにゃさく」として紹介した面々も、名前を変えて同プロジェクトにて活動継続中らしい。貴重な小学生アイドルとして、併せてチェックしておくべきだろう。
(参照:美少女という希望の灯火
RABBIT HUTCH

かつて、もう十年ほど前になるが、こうした小学生アイドルに魅了され足繁く現場に通いつめていたことがある。その時に感じていたものは、性的な要素など一切なく、ただひたすらに刹那的な心の癒しそれのみであった。

どんなに過去を振り返ろうとも、未来を見据えようとも、止められない時の流れの中で一瞬の輝きを放つ少女期の美しさを素通りすることなど出来はしない。
ふと我に返った時には消えている。そんな儚い瞬間に触れる感覚こそが、少女の季節を生きている幸福感には含まれている気がしてならないのだ。

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2018/11/01

散り散りになった友情と絆

武藤彩未復活ライブ

前記事で言及したベビメタ新体制の二人(中元すず香菊地最愛)が、YUIMETAL水野由結)脱退についてのコメントを発表することは遂になかった。日本ツアーを終えたこのタイミングでないということは、今後もないのだろう。固い絆で結ばれていると思っていたが、どうやら見込み違いだったようである。
いつだか、ゆいもあのエピソードとして、二人の関係性を垣間見たことがあった。ツアーの宿泊先で二人は一緒に寝るのだが、翌朝起きた時も互いに挨拶もせずに黙々と身支度をするそうな。
一切、気を遣うこともなく、ありのままの自然体でいられる。それって友達というより、もはや家族のような間柄ではないかと痛く感心したものだ。そんな何よりも大切な存在が辞めてしまったのに、一言もない。家族どころか、単なるビジネスパートナーに過ぎなかったという冷淡な対応に、途方もない脱力感を覚えている。

さくら学院とは、何だったのか? 人一倍、友達思いだった水野由結が、最も近しい存在であったすぅもあに与えた影響力は、そんな軽いものだったのだろうか。あんなにも輝いた時期を過ごした三人の思い出が今、音を立ててひび割れていくようだ。
そう思い返すと、さくら学院結成当初の存在感のあるタレントが揃い、生徒会長がしっかりとまとめ上げていた頃が最も良かった気がしてくる。そう、あの武藤彩未の時代。ベビメタの三人とも良きライバルであり、幼馴染みであり、親友でもあった、非常に親交の深い初代生徒会長の下に一致団結していた時代である。

海外留学を終えて帰国していた武藤彩未が、このほどセルフプロデュースによるライブを催すことが決定した模様だ。
アミューズを契約解除されてから、実に三年ぶりとなる復活ライブ。なんと、生バンド付きで二回公演するそうな。所属事務所などは聞いていないが、完全に個人でこれだけのライブを組んだというのだろうか!? ちょっと驚きである。
無論、楽曲に関しては、アミューズが権利を持っているであろうソロ時代のものは歌えないに違いない。カバーナンバーが主で、オリジナルのものもあるとか。内容が大変に気になるところ。
海外留学といっても語学留学だったはずで、きちんと歌唱レッスンを積んだわけでもなかろう。それほど歌唱力そのものが上達しているとは考えにくいが、何しろ本人の意志は変わることなく歌手の道をまっしぐらというわけだ。

武藤彩未のこうした固い意志とは裏腹に、僕個人としては、これまで潔い引退を提言してきた。彼女が唯一人のさくら学院初代生徒会長であり、最も素晴らしい礎を築いただけに、現役の在校生を含め後輩達に、あまり惨めな姿を晒して欲しくないという思いが強かったからに他ならない。
しかし、そうはいっても、これは彼女の人生。今なお、決して諦めることなくステージに立とうとする思いの強さに、打ち負かされた感じか。彩未ちゃんがそこまでやりたいなら、陰ながら応援しようといった気持ちが芽生えてきた。
ただ、現実は甘くなく、これから数多くの困難が待ち受けているであろう。今回のライブは復活ライブというのもあり、キャパ400の小箱は簡単に捌けるだろう。しかし、二回目、三回目と回を重ねるにつれて安定した動員は難しくなる。
本当の意味で、人を惹きつける歌声、確固たる歌唱力というのを身につけなければならない。いつまでも父兄やメイトに頼らずに、新規を取り込むだけの力がなければ、当初の不安そのままに悲惨なドサ回りで失態を演じることになってしまう。
どうか、今でもさくら学院を象徴する存在である自覚を胸に誇り高く、かといって決して驕ることなくひた向きに努力を重ねて、是非とも夢を掴んで欲しいと願うばかりだ。

かつて、僕の心を突き動かした二人の美少女。水野由結が節目となる脱退を決断し、武藤彩未は今なお尽きることのない夢を追って始動する、運命的にも思える時節が到来した。
過去の友情は忘れ去られ、個々がバラバラに散りゆくこの瞬間に、あの輝かしい記憶へと回顧する。その中心に居た武藤彩未という絶対的な存在が脚光を浴び、今一度成功することこそ、全ての歯車が元に戻るような感覚を確かに呼び起こせるはず。
たとえそれが、一時のまやかしであったとしても…。

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