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2018/08/04

少女の発する甘美な苦痛

山田杏奈

三月頃に突然発症した三叉神経痛は大分落ち着いてきたが、治りそうでいて完治には至っていない。
時折、一日に数回程、何の前触れもなく思い出したように痛みがやってくる。激痛というほどではないが、ピリピリとした嫌な痛み方だ。この状態が、もう何ヶ月も続いている。
痛む箇所はいつも全く同じで、特定の三叉神経が発信源となっているらしい。恐らく、この先何年も治ることもなく、下手をすれば一生付き合わなければならないのかも知れない。

痛みというのは、肉体的な苦痛であると共に、精神的な心の痛みも表している。ひたすらに孤独で不安に苛まれ、なおかつ病に侵されていたのでは、生きていく気力を失うのも無理もない話である。
ほんの先日、夢見事をきっかけに生きる決断をしたのが、嘘のように嫌気が差している。なぜ、そうまでして人は生きねばならないのか。

これまで少女の優しさに触れ、ほんの一時、心を通じ合わせる奇跡すら体験したことがある。同時に、無邪気さ故の残酷さに傷心し、あまつさえ鋭利な眼差しや特異な美しさで僕を痛めつけ、あわや殺そうとする少女さえ居たのだ。
極めて特殊な部類に入る後者の美少女について、今回は取り上げてみたいと思う。

視線の鋭さ、圧倒的な存在感という点でいうなら、若手女優の山田杏奈は外せないだろう。
ちゃおガール時代の均整のとれた正統派美少女ぶりに惹かれたくちだが、女優としての才覚が芽生え始めた頃から、非常に鋭い眼差しなどから独特のオーラを醸し出すまでに至った。
僕は一度、山田杏奈に殺されたのかも知れない。あの仄暗い草原で不意に刺されたかの衝撃、今も手に残る血のぬめりを鮮明に憶えている。
どうしても忘れえぬ殺意と愛情を投げかけるような強い視線、正統派の織り成す鮮烈な美しさは、今なお鈍い痛みとして脳裏に刻まれているようだ。(参照:美少女と云う奇跡
賛否両論を呼んだドラマ「幸色のワンルーム」は放送中止となったが、各方面からのドラマオファーが絶えずブレイク寸前といった勢い。大女優の可能性すら感じさせる美少女から目を離すわけにはいかない。

俗にいうキッズモデルといえば、折り込みチラシのモデルから雑誌専属モデルまで、マイナーなものを含めて多種多様であるのが一般的である。ただ、単純にキッズモデルという響きにそぐわない、特別な存在感有する得体の知れない少女が出現することが稀にあるようだ。
エラ・グロスというハーフ美少女アメリカと韓国のハーフらしいが、ハーフのモデルが珍しいというのは決してなく、騒然となっているのは、11歳とは思えない先鋭的な雰囲気と精密に整った完璧すぎる美貌にあるらしい。
一見して高レベルのお人形系美少女と見たが、あまりに整い過ぎているが故に冷たい感じがして、あまり好きにはなれなかった。
しかしながら非常に印象深く心に残った所以は、やはり初見の一撃が僕の中の何かを刺し貫いたからだろう。言葉に出来ないオーラ、只事ではない存在感が、確かにこの子にはあると思う。
韓国といえば悪しき整形文化があるが、そんなものには一切触れることなく、自然体で成長を遂げていって欲しいと願ってやまない。
エラ・グロス

硝子のように繊細で研ぎ澄まされた少女の美しさに心を切り刻まれて、僕は死にたい。決して生きることを望まない代わりに手に入れるものが、生涯を賭けても、どうしても得られなかった輝きの片鱗であるならば、この命燃え尽きても悔いは残るまい。

痛みを発する時の、熱を帯びた朦朧とした感覚。僕は激しく苦悶しながらも、こうして人生の末路へと堕ちていく転落劇が、自らが望み果てなく渇望した美少女の魔力に因るものだと知っている。
せめて安らかに、そしてむせ返るほどに甘美な少女美の幻想に包まれて、この愚かなる旅路に幕を下ろせたら申し分なく幸せなのだろう。

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コメント

こんにちは。
他人の痛みはなかなか理解出来ないですが
激しい痛みも時々襲うチクチクとした痛みもどちらもツライですね。
幸い、今の僕はまだそういう痛みとは無縁ですが今後年をとったらそういう時が来るのかと恐怖に感じてます。
僕は健康診断で採血されるのだけでも嫌な病院嫌いでさらに医療に関しては不信に思ってるところがあるので正直病院行くくらいなら死んだ方がマシと思ってるので
あまり心霊的なものは信じてないですが夢に関しては何かあるのかも知れませんね。
とかく生きて行くのはツライことですが最期の時まで生きなくちゃいけないのかも知れません。
以前、老後を考えて結婚を考え始めた話をしたのですがあの後いろいろ考えることがあって諦めました。
で、その心の隙間を埋める為にペットを飼うことにしました。
アニメ→鉄道→アイドル→ドール→猫
完全に転落の道を歩んでますw
マジマジョ僕は黄色い子派です。でも以前のおはガのようにイベントに行こうとは思いません、田舎に引っ越して都会が遠くなったのもあるし、毎日ダラダラした猫を見てるともともと引きこもりがちだった僕の性根がさらに腐った気がします。
唯一行っていたハロプロ研修生の現場にも足が遠ざかり、付き合いの有った人達とも疎遠になりました。親戚も友達も居ないので両親が死んだら猫が死ぬ時に自分も死にたいと思っています。
それなのに職場の年上連中からは「まだ若いんだから」と仕事観や結婚のことを言われます。
最近はツイッター見るのとSantaさんのブログが更新されているのかをチェックするだけの毎日です(笑
まだまだ暑いのでお体にお気を付けください。

投稿: 館の主 | 2018/08/05 13:00

僕は現実的な考え方をする方で、普段は夢に惑わされたりしません。まあ例の夢は、四六時中少女のことを考えている弊害と、命を賭するほどの助け人を心のどこかで求める孤独が生み出したものでしょう。本心を衝かれた故に、酷く動揺したようです。

結婚などは望んで出来るものではありませんが、本当の天涯孤独の身になってみると、また心境も変わるかも知れません。
館の主さんは「転落」とおっしゃいますが、新居を購入されたり猫を飼われたりと…。僕には、もはやそれほどのバイタリティも気力も無くなってしまいました。
僕はすっかり堕落していますが、館の主さんはまだ悲観する必要はないと思いますよ。多分、ずっと生きる力を持ってらっしゃるので。
僕は、そう遠くない内に終わると思いますが、それまでは好きなことを追求して自己満足だけを糧に生きていくつもりです。
お互いに穏やかに日々を過ごし、納得のいく人生の終焉を迎えられたら幸いですね。

投稿: santa | 2018/08/06 20:18

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