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2018/08/24

蕾みのまま育む才能

山出愛子

今春、さくら学院を卒業した昨年度生徒会長山出愛子シンガーソングライターの夢を語っていたのが、ついこの間だが、既に小規模ながらワンマンライブを二度催し、新曲のMVまで公開している。
スマイル」というこの曲は、変に構えることもない自然体の曲調が耳に優しい印象だろうか。曲の作りや歌唱力など全体を見れば、まだまだ発展途上感が否めないが、最初はこんなもので十分ではないかと納得は出来る仕上がりだ。
正直言うと、ここまで愛子がバックアップされているのが不思議なくらいに思える。お察しの通り、以前の武藤彩未ソロプロジェクトがあれほどまでに頓挫し、悲惨といって差し支えないほどの大失敗に終わった経緯があるからだ。
(参照:消えたソロアイドルの夢
恐らく、あれだけの大々的なプロモーションを打って、楽曲製作に力を入れただけに、多大な損失が生じたのは想像に難くない。
今回の愛子の場合、シンガーソングライターという違いはあるが、歌手への思い入れも強い中でのソロ活動。非常に似かよった流れに見えてしまい、本人には申し訳ないが、あまり良い予感はしていない。

共に元生徒会長松田聖子を尊敬する歌手志望さくら卒業後のソロ等、二人の共通点は多いが、あえて異なる点を探してみよう。
武藤彩未さくら卒業後、一年以上に渡りレッスンに励み下準備に余念がなかった。更に、80年代アイドルをテーマに掲げ、当時の著名な作詞家など積極的に起用し、かなり大掛かりなプロジェクトの下に高品質な楽曲製作に注力した。
対して、山出愛子は卒業後すぐに活動をスタートさせている。そして当然、シンガーソングライターを目指す以上、多少の助けがあったとしても楽曲は全て自ら作り上げる方向性である。
プロモーションに関しても、全面バックアップを受けていた武藤彩未と異なり、ほとんどまともな宣伝もないまま数百人規模のライブハウスで父兄を相手にしている山出愛子とでは、明らかに待遇に差があるのが分かる。要は、金をかけていないわけだ。

こうしたことから、アミューズ山出愛子を強力に推すつもりはないと思われる。あくまでさくら学院の功労者として、その夢の手助けをする体を装っているだけだろう。
あくまでデビュー当時に限るが、武藤彩未はアイドル性、美少女性、存在感において卓越したものが確かにあった。グループアイドル全盛の時代にありながら、ソロアイドルの境地を見せてくれると本気で期待したものだ。
しかし、どうだろう。個人的には、山出愛子特別なものは感じられないというのが正直な印象である。もちろん、弾き語りの技術や作詞する感性には、一定の評価が出来るのは認めるのだが…。
いうまでもないことだろうが、これからは本人の実力で切り拓くしかない。焦らずじっくりと腰を据えて、何年もかけて少しずつ才能を磨いていけばいい。アミューズがあてにならないなら、躊躇することなく移籍してでも。

さくら学院は研修機関である」というのが実際のところ。隠れた才能を花開かせる最初のきっかけが与えられれば、それこそ御の字なのだろう。当然のこと、現役生の中にも才能の片鱗を見せる子は多く存在する。
有料配信である「FRESH!マンデー」に係わる動画は基本公開されないが、断片的になら見ることが出来る場合がある。最近になって、特技披露?の回らしい場面を少しだけ目にする機会があった。
英語が得意な日髙麻鈴エレキギター弾き語りで、さくらの曲を自身で英訳したものを披露していた。ギターはいかにも初心者な風ではあるがよく弾けているし、何より思いのほか声が良い。高音が心地良く響き、将来性を感じる歌声だ。
こうした動画を世界に向けて発信出来ないのは、何とももどかしい。海外の父兄には、きっと胸に刺さるのではないだろうか。

追記
武藤彩未海外留学を終え帰国したとの情報が入っている。あくまで初代生徒会長として潔い引退を望んできたが、本人はステージ復帰するつもり満々らしい。
さくらを卒業している以上、何も無理強いなど出来ないが、現役の後輩らに対し恥ずかしくないよう留意しつつ、納得いくまで頑張って頂ければと願うばかりである。
日髙麻鈴の弾き語り

少女の内に秘めたる才能は、折りしも儚く瞬間的な美しさが色付く時期に、青く固い蕾みを宿している。それは、ゆっくりと時間をかけて成熟し、咲き誇るのには極めて長い年月がかかるもの。

今でしかない少女の美しさを愛し敬うように、まだ蕾みのままの未知なる才能を夢想し讃えよう。未完成だからこそ稀少で麗しい、本当の少女らしい魅力に出逢える予感が、いつでも脳裏を過るのだ。

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2018/08/18

少女らが回顧する場所

さくら学院

BABYMETAL10月日本公演、そのファンクラブ先行受付が一ヶ月に渡り引き延ばされていた。このほど、ようやく開始されたようだが、これに伴いYUIMETAL水野由結)の出演可否が発表されている。
出演は未定」更に、体調不良による休業という事実を今になって明かしている。全ての対応が後手であり、なお且つ曖昧で不透明。ファンに対し誠意の欠片も感じられず、アミューズという大手でありながら、相変わらずの不始末が目に余る。
かなり高額のチケット設定を考えれば、演者の出演など明確にするのが当たり前だ。運営側の驕り高ぶりは、相当に酷いものである。

いずれにしても、YUIMETALが出演する可能性はゼロに等しいだろう。これだけ長い療養を経て、あの激しいダンスに復帰出来るはずもなく、恐らくは脱退が水面下で確定しているものと思われる。チケット販売に影響が出るため、未定としているに過ぎない。
来春、MOAMETAL菊地最愛)の契約が切れると噂されているが、それと同時にSU-METAL中元すず香)のソロ移行、つまりBABYMETALの解体を模索していると考える方が自然だ。つまり、BABYMETALは解散する
残念な気もするが、今のような中途半端な状態が続くよりも遥かにマシだろう。もっと伝説を築き上げたグループに相応しい最期があったはずだが、運営が目測を誤ったのが全ての元凶だと思う。せめて、ゆいもあ水野由結菊地最愛)の将来には責任を持って頂きたい。

さて、BABYMETALへの興味関心が着実に薄れつつある今、原点回帰、要はさくら学院に注視するべきだろうと考える。
小中学生のアイドルグループというだけで、「お遊戯」だと揶揄する輩もいるかも知れない。しかしその実、例えようもないほど真っ直ぐに、信じられないほど真剣に、そして真摯なまでの姿勢でアイドルに向き合っている子らが存在することを、是非とも知る必要がある。

今春の2017年度さくら学院卒業公演、その舞台裏ドキュメントのフルバージョンを最近になって、ようやく観る機会に恵まれた。
さくら学院は品行方正、且つ正統派のアイドル路線を歩んできたわけだが…決して小中学生だからといって甘やかすこともなく、手を抜くこともないプロとしての心構えが、この年代から叩き込まれていくのを実感出来る内容であった。
どこぞの研究生などより、さくら学院生の方がどれだけ本格的か分からない。それほどまでの、深い感銘を受けた次第だ。

セットリストに対する思い入れ、なかなか曲を削れず涙する姿、曲ごとのテーマを手書きし歌詞や振り付けの解釈まで真剣に話し合う面々…。確かにさくらの曲は良曲揃いだが、これほどメンバーらが愛し、思いを込めていたとは思いもしなかった。
個別に印象深かったのは、お笑い担当ともいえる岡崎百々子厳しく下級生を叱ったシーン。普段のイメージから想像も出来ない剣幕で、泣きじゃくりながらも厳しい一面を見せたのには驚きだった。卒業ライブへの並々ならぬ強い意志が感じられた。
対照的に同じ中三の岡田愛は、他メンがセトリを削らずやり切る決意を見せる中、妥協するかの弱気な発言を漏らすなど、これまた意外な一面を見たような気がした。無双していた幼少期のイメージがあっただけに、妙に可愛げある感じに映ったのも事実である。
その他では、前に記事にも書いたピアノ美少女を地で行く、推しの吉田爽葉香か。(参照:少女期の素敵さ
なかなかの腕前のようで見目麗しいことこの上ないが、レッスン休憩中の顔がやけに老けて見えて、おばあちゃんぽかったのはご愛嬌。
ひとつ余談として、さくら学院伝統の背中を叩く気合い入れは健在のようである。元々は、初代生徒会長である武藤彩未が考案したものだが、本家のそれに比べ現役生の叩き方は随分と弱い。彩未ちゃんはもの凄い音を響かせ、痛みでのたうつほどの迫力があったのだ。
やはり、初代の頃の凄まじい面子彩未すぅゆいもあみよまつ)が鎮座した時代には、まだまだ敵わないようであった。
下級生を叱る百々子

多感な少女期に正直に真正面からぶつかり合い、友情を育み連帯感を分かち合う大切さ。
自己表現の最たるものであるアイドル活動において、メンバーの心をひとつにして届けようとする感謝という名の贈り物。まさしく、アイドルとファンの間にあるべき最良のコミュニケーションである。

少女達が磨き上げたパフォーマンスに魅せられると共に、胸に熱く込み上げる何かを感じ得る。その微かに灯る情熱こそが、少女の迸る思いを確と受け止めた証し。大切な時間が刻まれた証しでもある。
巣立ちの時を迎えた少女らが、いつ如何なる時でも振り返り回顧する安らぎの場所が、このさくら学院なのである。

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2018/08/04

少女の発する甘美な苦痛

山田杏奈

三月頃に突然発症した三叉神経痛は大分落ち着いてきたが、治りそうでいて完治には至っていない。
時折、一日に数回程、何の前触れもなく思い出したように痛みがやってくる。激痛というほどではないが、ピリピリとした嫌な痛み方だ。この状態が、もう何ヶ月も続いている。
痛む箇所はいつも全く同じで、特定の三叉神経が発信源となっているらしい。恐らく、この先何年も治ることもなく、下手をすれば一生付き合わなければならないのかも知れない。

痛みというのは、肉体的な苦痛であると共に、精神的な心の痛みも表している。ひたすらに孤独で不安に苛まれ、なおかつ病に侵されていたのでは、生きていく気力を失うのも無理もない話である。
ほんの先日、夢見事をきっかけに生きる決断をしたのが、嘘のように嫌気が差している。なぜ、そうまでして人は生きねばならないのか。

これまで少女の優しさに触れ、ほんの一時、心を通じ合わせる奇跡すら体験したことがある。同時に、無邪気さ故の残酷さに傷心し、あまつさえ鋭利な眼差しや特異な美しさで僕を痛めつけ、あわや殺そうとする少女さえ居たのだ。
極めて特殊な部類に入る後者の美少女について、今回は取り上げてみたいと思う。

視線の鋭さ、圧倒的な存在感という点でいうなら、若手女優の山田杏奈は外せないだろう。
ちゃおガール時代の均整のとれた正統派美少女ぶりに惹かれたくちだが、女優としての才覚が芽生え始めた頃から、非常に鋭い眼差しなどから独特のオーラを醸し出すまでに至った。
僕は一度、山田杏奈に殺されたのかも知れない。あの仄暗い草原で不意に刺されたかの衝撃、今も手に残る血のぬめりを鮮明に憶えている。
どうしても忘れえぬ殺意と愛情を投げかけるような強い視線、正統派の織り成す鮮烈な美しさは、今なお鈍い痛みとして脳裏に刻まれているようだ。(参照:美少女と云う奇跡
賛否両論を呼んだドラマ「幸色のワンルーム」は放送中止となったが、各方面からのドラマオファーが絶えずブレイク寸前といった勢い。大女優の可能性すら感じさせる美少女から目を離すわけにはいかない。

俗にいうキッズモデルといえば、折り込みチラシのモデルから雑誌専属モデルまで、マイナーなものを含めて多種多様であるのが一般的である。ただ、単純にキッズモデルという響きにそぐわない、特別な存在感有する得体の知れない少女が出現することが稀にあるようだ。
エラ・グロスというハーフ美少女アメリカと韓国のハーフらしいが、ハーフのモデルが珍しいというのは決してなく、騒然となっているのは、11歳とは思えない先鋭的な雰囲気と精密に整った完璧すぎる美貌にあるらしい。
一見して高レベルのお人形系美少女と見たが、あまりに整い過ぎているが故に冷たい感じがして、あまり好きにはなれなかった。
しかしながら非常に印象深く心に残った所以は、やはり初見の一撃が僕の中の何かを刺し貫いたからだろう。言葉に出来ないオーラ、只事ではない存在感が、確かにこの子にはあると思う。
韓国といえば悪しき整形文化があるが、そんなものには一切触れることなく、自然体で成長を遂げていって欲しいと願ってやまない。
エラ・グロス

硝子のように繊細で研ぎ澄まされた少女の美しさに心を切り刻まれて、僕は死にたい。決して生きることを望まない代わりに手に入れるものが、生涯を賭けても、どうしても得られなかった輝きの片鱗であるならば、この命燃え尽きても悔いは残るまい。

痛みを発する時の、熱を帯びた朦朧とした感覚。僕は激しく苦悶しながらも、こうして人生の末路へと堕ちていく転落劇が、自らが望み果てなく渇望した美少女の魔力に因るものだと知っている。
せめて安らかに、そしてむせ返るほどに甘美な少女美の幻想に包まれて、この愚かなる旅路に幕を下ろせたら申し分なく幸せなのだろう。

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