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2018/02/27

BABYMETAL危機脱出

2018ワールドツアー

昨年の千秋楽、広島でのSU-METAL凱旋公演におけるYUIMETAL欠席の大ハプニング。それ以降、音沙汰なく神バンドメンバー急逝という出来事も続き、非常に悪い流れとなっていたBABYMETAL
一部ファンの間では、YUIMETAL水野由結)脱退による電撃解散説まで取り沙汰されるようになり、かなり深刻な雰囲気を漂わせ始めていた。僕自身、さくら学院時代からの水野由結推しとして、相当に気にかけていたところだ。
しかしこのほど、5月から6月にかけてのワールドツアーが正式発表され、そうした不安感がようやく払拭されたようである。

先に欧米の大型フェス出演が決まっていたが、フェスの場合は何かあれば急遽キャンセルも可能だろう。しかし、こうしたワールドツアーともなれば、チケット販売の関係上、簡単に中止というわけにはいかない。
つまり、YUIMETALに関しても、当面の進路をBABYMETALに絞ったということを意味し、まだまだこれからもまい進していくという意思表示にもなる。とりあえずこれで、YUIMETAL心身状態に何ら問題がないということが明らかになり、ひと安心といったところだ。

さて、肝心のワールドツアーの内容は、お馴染みの欧米なのだが…アメリカの中南部、そしてオランダなどが含まれているようである。
アメリカに関しては、これまで回っていなかった地域に進出する模様。オランダは以前のフェスでかなり反応が良かったのもあって、ワンマン開催を決定したのではないか。いずれにせよ、期待感は高まる。
気がかりなのは、フェスはともかく、ワンマンにおける過剰なファンカム規制である。国内は仕方ないが、海外ではファンカム流出は日常茶飯事であり、厳格に規制するのにも限界があるだろう。
それに、海外活動が主体な上に、ガチガチに隠された露出制限もあるのだから、少しくらい日本のファンに見せてくれても良いではないか。
そもそもBABYMETALの人気に火が点いた導火線となったのは、動画サイトからである。MVはもちろんだが、数多くアップされたライブのファンカム動画によって海外での新規が爆発的に増えたといわれている。
ある程度の規制は仕方ないが、多少は緩めて頂きたい。ファンカムは所詮素人の撮ったものであり、本当にベビメタを観たいと思うのならブルーレイやDVDを買うものだ。ただ、参考程度とはいえライブの雰囲気や熱狂を伝える上で、ファンカムは重要なのだと認識するべき。
運営には、規制や露出制限ばかりでは、人気獲得に逆効果になり得るという意識を常に持って頂けたらと願っている。

まあとにかくこれで、BABYMETALの当面の危機は去ったということになる。ただ、今後における最も重要な課題、カワイイメタルをどうシフトチェンジしていくのか。メンバーの高齢化に伴い、カワイイメタル存続が危ぶまれる危機感は拭い切れていない。
或いは、シフトチェンジすることなく、行ける所まで突き進んで絶頂期に解散してしまうのか。個人的には断然こちらを支持しているが、どういった判断を下すのか見所でもある。兎にも角にも、今年もベビメタの活躍から目が離せそうにない模様だ。

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2018/02/25

凌駕されるアイドルの時代

山田杏奈

世間ではオリンピックの話題でもちきりだったが、相変わらず興味はなかった。スポーツは野球くらいしか興味が湧かないし、日本がメダル何個獲ろうとどうでも宜しい。ニュースでも観ていた方が幾分マシである。
ただ、相撲だの何だのと、これまたどうでもいい話題ばかり、いつまでもダラダラと引っ張っている。北朝鮮の情勢など重要なことを放ったらかしで、この体たらく。戦争になるかも知れないのに、この救いようのない平和ボケときたら…全く暢気な民族だ。

そんなわけで、最近まためっきりテレビを見なくなってきている。ライフスタイルとなっているアイドルに関しても関心が薄くなり、どうにも反応が鈍くなってしまった。
取り付く島も無い頑ななアミューズ勢若手の堕落が顕著なハロプロなど、注目している対象が一切ままならないからだ。最早、昨今の僕のアンテナ感度は、アイドルよりも有望な子役やモデルの方に向いている。仕方のないことなのだ。
若手女優、子役、モデルのカテゴリーにおいて、旬な存在が幾つか見られる。それらの最新情報を追っていくことにしよう。

今のアミューズが最も推している若手新進女優といえば、山田杏奈といって差し支えない。このほど主演映画にも抜擢されたが、その役どころが何やら凄まじい模様だ。
ミスミソウ」という漫画の実写版らしいが、家族を殺されたイジメられっ子の復讐劇とのこと。凄惨な殺戮シーン満載で、心の崩壊した娘を演じる難しさもあり、非常に衝撃的ながらどんな演技を見せるのか楽しみでもある。
かなり演技力を試される感があり、これを契機に女優ブレイクの可能性すらあるだろう。正統派美少女でありながら独特の眼ぢから有する彼女、その秘めたる才能を是非とも花開かせて欲しい。(参照:美少女と云う奇跡

ワールドワイドな活躍が期待される子役の大里菜桜。昨年のハリウッド主催の映画祭では二部門の賞を受賞するなど、香川の「盆人プロジェクト」での宣伝部長として一躍注目を集めている。
これら話題となった「盆栽たいそう」MVが、外国語版同梱でCDリリースされるようだ。このMVや歌の親しみやすさはもちろんだが、何といってもこの子の可愛さの賜物であろう。
愛くるしい美少女ぶりは、まだ幼いながら特筆すべきものがある。10歳にしては発育の遅めな印象が否めないが、数年の間に更なる相当な美少女に成長する期待感がいやが上にも高まる。得意の英語を活かし、世界に羽ばたいて欲しい逸材だ。

キッズモデルの類いで今最も注目しているのが、プチモ林芽亜里である。
この手の世界は、同年代以下の女子人気を重視しており、基本、我々のようなドルヲタのオッサンは入る余地がないのは残念なところ。将来的にはアイドルとまでいかなくとも、せめて女優業の範疇で生温かく応援出来ればと願っている。
さて、彼女の新しい動向はといえばCM出演だろう。「からかい上手の高木さん」という、漫画だかアニメだかのキャラを演じているようだ。
このキャラクターのファン曰く「全くイメージと違う」らしいが、そんなこと知ったこっちゃない。林芽亜里そのものが、クソ可愛いではないか!
前髪を上げた感じと白い肌にセーラー服、特徴的なクリッとした黒目がちな瞳が鮮烈に映る。僕はどうにもこの子の微笑みを見る度に、脳味噌が蕩けそうになる病に侵されてしまったようだ。恐るべき美少女である。
林芽亜里

才能や将来性はもちろんのこと、その類い稀な可愛さにおいても、今どきの子役やモデルの方がアイドルを凌駕しつつあると感じている。彼女らは自らの目標をしっかりと設定し、そこに向けて一心不乱にまい進することもあり、ファンへの対応はおざなりになりがちだ。
しかし、アイドルは違う。支えてくれるファンが全てであり、いかに自らをアピールしファンとのコミュニケーションを図れるかが鍵となる。そこを間違えて独りよがりになり、没落していくアイドルの何と多いことか。無論、事務所の姿勢にも問題はあることが多い。

本当の意味で原点に立ち返るのならば、きちんとファンの声を聞き、活動に反映させること。そして、所属するメンバーの教育をしっかりし、無用のスキャンダルを避けること。このくらいは、事務所の責任として背負うのは当然のことだ。
どうかもう一度、アイドルに夢中になれるほどの再興を期待したい。新たなる時代が女優やモデルではなく、アイドルでありますよう願わずにはいられないのだ。

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2018/02/13

夢に想うオープンフィールド

SKYRIM

オープンワールドのRPGなどは、もうかなり一般的なものになってきているようだ。広大な大地をどこまでも進むことが出来て、あらゆる面で自由な遊び方が可能なように設計されている。主に、海外のゲームに傑作が多くある。
少し前のゲームだが、「スカイリム」というゲームに今でも没頭し続けている。非常に壮大な世界観で、何をするのもプレイヤーの自由。
特筆すべき点は、MODと呼ばれる改造データを使って自在にカスタマイズすることが出来るということ。キャラクターの美化や景観・天候の変更、好みの家や仲間を選んでゲームに付け加えることも可能だ。これのお陰で、未だにこのゲームを楽しめている。

アイドルの世界を例にとると、今現在の状況は残念ながら衰退期に入っている。国民的アイドルグループの影響を受けて敷居が非常に低くなり、素人同然の子がアイドルになることによって、下らない恋愛スキャンダルが頻発する由々しき事態となっている。
それと共に一過性のアイドルブームに流されるようにして、質の低い地下アイドルが乱立し、本来あるはずであった神秘性が大きく損なわれてしまった。要するに、修復不可能なまでに荒廃してしまったわけだ。

正直言ってしまうと、リセットしてしまいたい。全てを白紙に戻し、新たに自分好みに作り変えたい。僕がアイドルをプロデュースするとしたら、古臭いものになるかも知れないが、今よりはマシなものに出来る自信がある。
先ず、「登場するキャラクターを徹底的に美化する
ある一定のビジュアルを擁していない場合は、絶対にアイドルにはさせないということ。地下を中心に、昨今はメジャーアイドルでさえも水準を満たしていない子が多過ぎる。あってはならないことなのだ。
そして、「ディスクリプションを注視し評判を聞き、信頼に足るMODであるかを精査する
つまり、信頼関係を重視する点において妥協はなく、厳格な契約に基いて人選すること。以前に、恋愛禁止の契約条項を破ったことにより、裁判沙汰にまでなった地下アイドルがいたが、別段大袈裟ではないと思う。アイドルとしての禁を犯したのだから、謝罪し賠償するのは当然のことだ。
住む人の居ない大規模な家を多数建てるのではなく、質素でこじんまりした機能的な家を適所に建築する
多人数に及ぶグループの乱立を改め、少数精鋭のプロ集団と呼べるグループに絞り込む。メンバー数は多くても5人程度を上限とし、より高いレベルのパフォーマンスに磨きをかけるべき。ソロアイドルの時代へと回帰する心がけも忘れてはならない。
世界観に馴染む、いわばロアフレンドリーな雰囲気を大切にする
アイドルの王道を歩むにあたり、派手さや奇抜さは基本的に必要はない。時代を先取りするような斬新さも一時の話題性を求めるだけなら別だが、必須要素とはいえない。
元来からある、清純派アイドルとしてのイメージを踏襲するべき。例え使い古されたものであっても、ファンの期待を裏切ることのない存在感・雰囲気が必要であり、それこそが底知れぬ安心感と安らぎを与えてくれるのだ。

いつもスカイリムの大地を踏み締める時、現実にはない世界でありながら、まるでそこに存在しているかの感覚を覚えることがままある。それは確かなリアリティ溢れる感触が肌に触れ、あくまで夢まぼろしであるかの世界観が、そこに在るからに他ならない。
アイドルとは、儚い夢まぼろしであって然るべき。どこまでも精密に作り込まれ人々を魅了するのであれば、掴みようのない幻想であろうと構わない。ただ癒しと憧れをもたらし、夢の中で漂い遊べるオープンフィールドを頑なに求めているのだ。

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2018/02/05

好ましいギャップの魅力

さくら学院

ギャップの効果について考えることがある。全く的外れなものが目に触れる機会に遭うことが、多くなったように思えるからだろうか。
最近よく見かけるCMに、誰もが知っている最強女子レスラーの人が出演しているものがある。あのゴツイ人が甘えたような声で「女」を見せつける内容。申し訳ないが、正直言って気持ち悪過ぎる
別にディスるつもりは毛頭ないが、あの人に女を感じることはないし、あえてそれを公共の電波でアピールする必要もないはず。いわばギャップを狙ったのだろうが、イメージそのままに、強い女子という位置付けだけで沢山だろう。
全く別種の一面を垣間見せることがギャップというのに他ならないが、ああいった的外れは違和感を越えて不快感すら催してしまう。
嫌なら見るな」が通用しないテレビCMにおいては、少なくとも不快な内容は極力避けて頂きたいものだ。

さて、本来あるべきギャップの魅力というのは、例えば可愛い女の子であっても、あくまでプラス方向に好感度の傾く種類である必要が生じてくる。清純そうなのに実はギャルっぽいなどは論外で、大人しそうなのに本当は五月蝿いなども、あまり好ましくはない。
巷でよくもてはやされる傾向のある、いわゆる「ロリ巨乳」の類いは個人の好き嫌いもあり微妙だが、僕は一切受け付けない。あれはギャップというより、ただ単に歪な奇形に見えてしまうのだ。バランスが崩壊している
それはともかく、ギャップの魅力というのは…初見のイメージから意外性があるものの、ふと身近に感じられる親近感と、微笑ましい思いに満たされる可愛らしさが共存していなくてはならないということである。

朝の時間帯に珍しいブッキングであるが、これもめぐ様様なのだろうか。遂に、というか当然というべきなのか、おはスタさくら学院初登場というわけである。
おはガール岡田愛のバーターといったら聞こえが悪いが、例えば船木結と共にアンジュルムが出演しても良いわけで、取りも直さず。久しぶりの地上波で新鮮なことこの上なく、推しのそよ吉田爽葉香)が年老いた猫を可愛がるエピソードも聞けて、朝っぱらから爽快感に浸れたわけなのだが。
この原動力となっためぐ(岡田愛)に関しても、ギャップの魅力に溢れているということが出来よう。見かけはまるで料亭の若女将のようだが、愛着のあるお茶目なキャラクターぶりっ子のキャラ設定で、さくらに新風を巻き起こしたといっても過言ではない。
ぶりっ子キャラというのは、とかく男受けが良く、アイドルとしては大きな武器になるわけで、ギャップの方向性としては極めて正しい。
マニアックなまでの歴史好き、城郭好きな点も含めて、ギャップの魅力が満載のアイドルということが出来るだろう。

さくら学院繋がりでBABYMETALにも言及するならば、何といってもSU-METALこと中元すず香ということになるだろう。
世界を舞台に物怖じしない肝の据わったステージング、圧倒的な歌唱力によって今や世界の歌姫の仲間入りしたといっても良いくらいの逸材である。一部外国人やメイトからは「すぅ様」と崇められるほどの彼女だが、実際には超の付く天然であり、屈指のポンコツなのである。
さくら時代からのファンにはお馴染みの話だが、メイトの間では新譜のCDのことを「デロ」と呼ぶのが通例。これは学年末テストにおいて、彼女がCDの正式名称を「デロリアン」と解答したのがきっかけである。
この他、靴を左右履き間違えたまま気付かない海外フェスのステージ裏で迷子になりかける等々、ポンコツエピソードは尽きることがない。しかしながら、これこそすぅの魅力に他ならないのだ。
もし、彼女が全てに完璧で、あれほどの才能に恵まれていたなら、今のベビメタ人気はあっただろうか。僕は否定的である。さくら時代に見せた、それぞれの魅力あるキャラクター。それがあったからこそ、今の隠された状態でも人気を維持出来ているのだ。
音楽性や歌唱力・ダンスといった実力、それと素顔や個性の両輪が揃ってこそ、輝かしい未来が拓かれる。何度でも繰り返し訴えかけていきたい。
吉田爽葉香

ギャップというのは、いうなればその人の真実を知るということ。もっと踏み込んでいうなら、本来有している良さを発見出来るということ。
そしていうまでもないことだが、その本質の部分が他者を魅了するものであって初めて価値を得られ、ほんの僅かであっても、不快感や嫌悪感を抱かせるものであってはならない。

アイドルとは、なにも完成されている必要などない。未完成であっても、個々の内に秘めた個性の彩り、見た目の可愛さだけでない愛すべき内面の真実、それらを昇華させることで本当の評価が出来るのだと常々自分自身に言い聞かせている。

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