« 2015年9月 | トップページ | 2015年11月 »

2015/10/30

鞘師里保 突然の卒業発表

鞘師里保

知っての通り、モーニング娘。'15鞘師里保卒業である。
ハロー!プロジェクトには残るものの、今年の大晦日でグループ卒業という電撃発表。誰も予想だにしない、異例の急展開となってしまった。
モーニング娘。といえば、今も昔もハロプロの屋台骨。その現エースである彼女が、こんな形で辞めるというのは、明らかな異常事態といって差し支えない。一体、何がどうしてしまったのか!?

年齢的に考えても、17歳といえば、アイドル絶頂期だ。モーニング娘。という大きなグループのエースの座を、こうも簡単に捨てるのは、全くもって理解し難いものがある。
彼女には、以前からグループ内での孤立や、エースの重圧からくるストレス疾患が、ファンの間で囁かれていた。無論、大した根拠はない話なのだが…実際に、精神的な理由からイベントを欠席したりしているのを見ると、あてはまる部分もあったのかも知れない。(参照:肥満というアイドルの大敵
そして、この精神的な悪影響は、ストレスにより過食に走ったことで肥り、またその肥満ぶりをファンに責められるという悪循環によって、ますます悪化の一途を辿っていった節がある。
卒業の理由に「強く生きるため」という意味深なニュアンスを含めたのも、こういった経緯を顧みれば、ある程度納得がいくわけだ。
英語やダンスを学ぶために留学を考えているというのも、要は、長期の休養が必要な状態を暗示しているのだろう。精神に深手を負ったために、専門医による入念な心のケアが必要なのは、もはや明らかなのである。

アイドルとしては、並外れたダンススキルを得ていた鞘師里保。彼女を失うのは、あらゆる面で、極めて大きな損失だ。
僕自身、肥ったことについては辛辣な意見を寄せたが…それでも、新生モーニング娘。揺るぎないエースとして期待をかけていた。数々の苦難を乗り越えられると踏んでいただけに、非常に残念に思っている。
さて、今後のエース候補に関しては想像がつかないが、とりあえずは、リーダーの譜久村聖が中心となって構成していくのだろうか。もしくは、歌唱力に定評のある小田さくらか、もう一人のダンスマシーン石田亜佑美か、はたまた大穴で天然佐藤優樹だとか、何にせよ全くイメージが湧いてこない。
最も懸念すべきは、この突然のエース離脱により、グループのまとまりがなくなって、勢いが失われることだ。やはりここは、新世代の12期メンバーらに頑張ってもらうしかないだろう。個人的には、牧野真莉愛センターでも良いと思っている。

それにしても、昨今のハロプロは、グループの顔になり得る主要メンバーの卒業、脱退が相次いでいて心配になってくる。
カントリー・ガールズ島村嬉唄に続いての、エース離脱。こんなことでは、ファンは落胆するばかりで、ハロプロ全体の地盤沈下を引き起こし兼ねない。
事務所にとって、モーニング娘。の転落が死活問題となるのは、百も承知のはず。もう少し、メンバーのケアを徹底して欲しいと強く願うばかりだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015/10/21

繊細なる少女美の極致

尾形春水

アイドルの肥満について苦言を呈することが多いが、珍しいことにモーニング娘。'15では、両極端な事態に見舞われているようだ。
新世代である12期メンバー、その中の尾形春水痩せ過ぎと話題になっている。握手会の対応が良い、いわゆる神対応として、テレビに取り上げられた際の姿が、少々ショッキングだったらしい。
比較的、肌の露出が多い衣装での身体つきが、相当に痩せ細っている。枯れ枝のような腕に、背骨が浮かび上がった後ろ姿。あまりの痩せ様に、拒食症なのではないか?との憶測まで呼んでいる。

確かに痩せ過ぎているとは思うが、成長期の女の子としては、ごく自然な感じだと思う。これ以上痩せると危険だが、リバウンドしたり、ダイエット出来ていない鈴木香音鞘師里保の方が、遥かに大きな問題だ。
先頃はスキャンダルのみならず、肥満までも安易に容認され兼ねない風潮のあるアイドル界だが、全くもって愚の骨頂である。ぽっちゃりが個性だとか、ももクロのピンクはあれで良いとか、わけの分からない論調が見られるが、断じて受け入れられない。
アイドルの旬の時期が前倒しになる傾向、それが全体としてある中、思春期の健全なる成長とは、しなやかで華奢な少女美に他ならない。
あくまでも細く折れそうな繊細さがあってこそ、少女ならではの魅力、ひいては現代におけるアイドルの魅力の根本となり得るのだ。

ここで改めて過去を遡り、深い印象を残した細身の美少女を何人か取り上げてみたい。
イメージDVDや、水着グラビアを主体に活動していた美少女の例としては、吉沢真由美が思い出深い。小学生時代の非常に華奢な感じと、純真であどけない横顔が、今なお鮮烈に蘇ることがある。
天使の絵日記シリーズなど、数多くのリリースを経て、名前を変えたりもしたが、あえなく消えてしまったのが残念だ。

同様に、グラビア展開が顕著であった櫻井あやも、スレンダー美少女として名が挙がる一人。特にデビュー時の六年生の時期から、しばらくの間は、顔立ちの端正さも相まって、かなり完成度の高い美少女ぶりを遺憾なく発揮していたように思える。
彼女も、徐々にセクシーさを前面に出したグラビアへと移行し、その後は知る由もない。やはり、いわずもがな旬は短いのだ。

最近の映像作品として最も感銘を受けたのは、早坂美咲だろうか。いかにも清純派らしい無難な内容がほとんどだが、それでも美少女のクオリティが素晴らしいが故に、満足度が高いのが特徴である。
瞳の大きな、いわゆる猫顔の美少女。これに、黒髪ロングスレンダー純白ワンピと、誰しもが夢に描く理想の美少女像を具現化している節さえある。今は少し成長しつつあるが、デビュー作などは至極の出来映えである。
ひとつ思い返したのが、数少ない高次元の猫顔美少女であった、かつてのエンジェルプロダクションの、れおという子。これが、早坂美咲と雰囲気がよく似ており、つい仄かな郷愁に浸ってしまう。(参照:記憶に潜む猫の眼差し
当時のデジタル写真集は極めて高品質なものもあり、今でも僕の宝物だ。機会があれば、是非、手に取ってみて欲しい。
早坂美咲

少女とは、内面的にも外見的にも、非常に不安定な存在である。ただ、そこには、自己確立するにあたっての気持ちの揺らぎ、そして、どこか研ぎ澄まされた緊張感が存在し、決して緩み切った肥満現象などに繋がるはずもないのは言うまでもないことだ。

時として、病的なまでに細く見られがちな少女の体型であるが、それこそが健やかな成長の証しでもある。
あくまで、華奢でしなやかに、繊細な美しさを湛えたフォルムだけが、少女美の極致。この世に二つとない、絶対の真理である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015/10/05

蘇る正統派の記憶

山田杏奈

僕が、いつかどこかで出逢えた記憶を、知らない内に失くしてしまった感覚。果てしない地平の彼方に消えていって、もう見付からないと思っていたものが、ふと握り締めた手の中にあった驚き、そして微かな感情の澱み
繊細なる美少女の輪郭は、僕にとっての懐かしくも愛おしい再会に他ならない。その記憶だけは、「正統派」という名の下に、確かな感触を胸の内の奥深い部分に刻んでいた。夢まどろむような情景に、ただ心泳がせながらも決して離すまいと。

人からよく問われる。正統派とは何かと。そんなことは、僕には、ずっと以前から答えは出ている。
ひと言でいうなら、正統派とは、真っ直ぐに投げかけてくる鮮明な印象があることだ。それは、何ら濁りを感じさせない、くっきりとした美しい輪郭であり、清らかな魂から発せられる純粋な気持ちの強さでもある。そして、その魅力は、一目見た瞬間に人を虜にする。
これまで、憑かれたように追い求めた長い時を経ても、純正統派と呼べるのは僅かに数えるほどか。

とあるテレビCMに、思いがけず衝撃的な印象を覚えた。他に類を見ない心打つものが、はっきりと感じられたからだ。
城とドラゴン」という、スマホか何かのゲームのCM。ここで、アップで歌う女の子が、非常に強い眼差しと存在感を持っていて圧倒されてしまった。
この娘は、実は僕が以前より高い評価をしていた、ちゃおガール山田杏奈なのだが…最初見た時は、全く気付かなかった。少し髪を崩していたせいもあるが、あまりの瞳の強さに、従来のイメージが重ならなかったのだ。
この子は端正な顔立ちで、普段からモデルをしているのもあり、笑顔の印象が脳裏に刻み込まれていたらしい。こうした表情は、初めて見たかも知れない。
彼女は元から、正統派のイメージが強くあり、殊更に注目していた節がある。この眩しいくらいの存在感と、美少女のオーラ、そして心地良く澄んだ歌声。まさしく、正統派と呼ぶに相応しく、彼女がアイドルの道を選択しなかったことが、痛いほど悔やまれたのである。

また、同じCMの別バージョンに出演している、安留咲という女の子も素晴らしいクオリティを誇っている。
雨に濡れたイメージが瑞々しく、透明感に溢れていて、あどけない愛らしさと飾らない美しさが鮮明に表現されている。まるで心が洗われるような透き通る少女美に、感嘆せずにはいられなかった。
さすがに歌声は幼く拙い感じだが、それもまた、らしくて良いだろうか。普段の振る舞いや、喋り口調は等身大の無邪気な子供そのもので、CMの印象とは全く違うのも面白い。今後も、目が離せない女の子となりそうだ。

ちなみに、このCMのメイキングも公式で上がっており、撮影風景や簡単なインタビューなども見ることが出来る。こうした、可愛い女の子を起用した良質CMは、とにかく嬉しいし、舞台裏まで積極的に公開してくれるとは至れり尽くせりだ。
騒がしくダンスしたり、商品名を連呼するような下らないCMを作るくらいなら、少女の美しさを追求した方が遥かに良いに決まっている。そういう意味でも、そして「正統派」たる美少女を発掘するためにも、見本となるような高品質なCMだと思った。
安留咲

帰れないこと、戻れないことが、どうしてこうも悲しく切ないのか。そこに居たはずの少女は、いつしか大人になり、幻のように儚く消えては、記憶という目に見えない箱に仕舞われる。

正統派の美少女。この響きだけで、もう胸が苦しい。明瞭な輪郭を刻んだ、美しい少女の印象。その心を射抜くような、力強い眼差し。
いつかまた出逢えるのではなく、ずっと見守るようにして共に生きた感覚。もう二度と帰らないはずだった少女の面影は、時の理を越えて、また僕を振り向かせた気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年9月 | トップページ | 2015年11月 »