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2014/01/20

束縛された世界の行く末

とあるツイートが話題になっている。
夜の住宅街を、泣きながら独りで歩いている女児を男性が発見。迷子と思い声をかけようとしたものの、不審者扱いを危惧し、代わりに110番通報した。
応対した担当者から最寄りの交番まで女児を送り届けるよう頼まれたが、誤認逮捕などのトラブルに巻き込まれるのを恐れ、それを断り、早く警察官が来るようにと促してその場を立ち去った、という内容だ。

この男性の行動に対し、賛否両論あり、議論が盛んになっている。
今のご時勢、女児に大人の男性が声をかけただけで「声かけ事案」とみなされ、即時に通報されるのが当たり前になっている。
そうしたことを踏まえて、この男性のとった行動は、極めて冷静に状況判断した上での最善の方法だったと思える。もし、僕がこの男性の立場だったなら、何もせず知らんぷりしたかも知れない。

これに異を唱える人は、よほど危機意識の低い人なのだろう。今の社会の在り方を理解していれば、選択肢は無視するか通報するかの二択しかない。そういった道を、日本社会は選んだのだ。
やがては、どこぞの国のように、車に轢かれて倒れている子供を素通りする社会となるに違いない。人と人との触れ合いや、地域のコミュニティなど全てを含めて、緩やかに崩壊していくのは目に見えている。

普段からよく職質にあう僕などは、警察の横暴に心底辟易している。任意とは名ばかりの、半強制的な身体検査。人権なぞ屁とも思わない警察諸君には、こんな事態こそ丸投げしておけばいいのだ。
警察や親、学校といった限られた者だけで、子供を守っていくしかない。しかし、それは恐らく無理だろう。仕方のないことだ。

これまで、あえて触れなかった児ポ法改正案についても、同様に大きな弊害があるだろう。
いたずらに規制を強める社会に陥りがちな、恣意的な人権侵害。二次元規制にまつわる、表現の自由を侵す憲法違反はもちろんのこと、拡大解釈することでの誤認逮捕も確実に増えることになる。
曖昧な児童ポルノの定義を改めることなく、単純所持を規制することは、警察の勝手な解釈で誰でも逮捕拘束出来ることを意味している。
もはや、人権も何もあったものではない。この国は、恐ろしい方向へと進もうとしている。

ジュニアアイドルを取り巻く環境も、これから悪化していくに違いない。単なる芸能活動の一環に過ぎない、水着の規制まで取り沙汰されるかも知れない。
無邪気で、ありのままの少女ならではの魅力は、一部の紳士ぶった大人の都合によって封印されていく。そう、まるで子供そのものがタブーとされるかの、不自然極まりない意味不明な理由を取って付けては…。

あらゆるものを規制し、国民をがんじがらめに縛りつける社会の行く末。人は人との関わり合いを避け、人間らしい思いやりの感情や、本能的な助け合いの精神さえ忘れていく。冷たく凍えるような、個人優先主義的な社会の形成
僕が少女に求めてきたものは、暖かな暖炉に手をかざすかの、優しげで仄かなひと時の温もり。心を通い合わせ、慈しむように触れ合う、ささやかな喜び。その心情は、あたかも凶悪犯罪かの如くに、虐げられなければならないのか。

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