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2013/08/21

記憶に潜む猫の眼差し

れお僕は、猫が嫌いだ。いつも僕のバイクのシートを寝床にし、毛だらけにした挙句、爪で傷を付けたりする。時には、マーキングまでして、バイクに酷い匂いを染み込ませたりもする。
猫アレルギーである僕は、猫のいる部屋に居ると、くしゃみと鼻水が止まらない。邪険に追っ払うと、猫パンチをお見舞いしてきたりする。
一体、あいつらは何なんだ? ふてぶてしいにも程がある。

そんな風に思いつつも、暇な時は、猫の動画を何時間も見ていたりする。独りで行く勇気はないものの、猫カフェに行ってみたいと思っている。猫の写真を撮ろうとして逃げられると、悔しくて舌打ちをしてしまう。
僕は、自分がよく分からなくなる。一体、自分は猫が好きなのか、嫌いなのか。

結論からいえば、潜在的に好きなのだと思う。ただ、心許して、一緒に暮らしたいとまでは考えないとしても。
美少女」というカテゴリーに置き換えるならば、猫顔をした美少女というのも、ひとつのタイプとして存在する。それらは、実際の猫と同様に、どこか近付き難い謎めいた雰囲気と、誰が見ても愛らしいと思える高い美少女性を併せ持っているのが、大きな特徴だ。
僕は元来、素朴な顔立ちでありながらも、よく見ると完成度の高い美少女を好む節がある。しかし、インパクトのある猫顔美少女の、神秘的な魅力に惹かれる面があるのも確かなのだ。

先月、武藤彩未ライブで上京した折、久しぶりにおいも屋本舗に行ってみた。平日の芋屋に客はなく、店長と僕の二人だけ。分かっていたことだが、ジリジリと店長の視線を浴びるのは、何とも嫌なものだった。
そんな状況を知りながら、わざわざ訪れたのは、目当ての買い物があったから。大阪のモデル事務所エンジェルプロダクション(エンプロ)に、かつて在籍していた、れおCD写真集を手に入れるためだ。
公式の通販以外では、芋屋くらいでしか見かけないので、やむを得ずといったところ。NO.441の「ゆうみ&れお」をチョイス。この内容に、僕は大きな感銘を受けた。

ポスト篠崎愛として売り出し中のゆうみには、当然のこと興味がない。お誂え向きに、ほぼれお尽くしの構成なので、買い得感が高かった。
パッチリした目元と丸顔の、典型的な猫顔れおだが…やや幼い時期に撮影したであろう私服の写真が、神がかり的に可愛いのだ。
淡いピンクの装いと白い肌。ツインテールに結んだ、あどけない面影。見つめる、つぶらな瞳。何か、ギュッとハートを鷲掴みされたかのような、僕にとってツボ過ぎる写真が大量に収録されていたのである。
この子は元々、個人的に注目していた選りすぐりの美少女の一人。後に「宮崎奈々」と名前を変えたが、いつの間にかフェードアウトしてしまった。今こうして幼き頃の輝きを目にすれば、実に惜しい逸材だったと、つい溜め息が漏れてしまう。

他には、先の記事で取り上げた子役の川島鈴遥モーニング娘。12期当確か?と噂される研修生の牧野真莉愛、2014年度ミスiDファイナリストの木村葉月なども、「猫顔」と類似してカテゴライズ出来るだろうか。
共通しているのは、並の女の子には見られない瞳の力強さ。こちらの心の奥底まで見透かされそうな、真っ直ぐな視線を投げかけられたとしたら、とても平常心ではいられないだろう。
木村葉月

見るからに繊細で、触れることも憚れる少女期なればこそ、明瞭で凛とした印象を、くっきりと記憶の深みに刻み付けておきたい。
心を射抜くかに見つめる、迷いのない視線。その中には、人を惑わせる魅惑的な悪辣と、愛情を真っ直ぐに肯定する善意とがひしめき合い、見事に共存を遂げている。

独り立ち尽くす僕に、その猫は戯れつき甘え、ひたむきな愛情を示すだろう。ただ、数刻もすれば冷ややかな態度で僕を見下し、何事もなかったかのように全て忘れてしまう。
眩し過ぎる哀歓の時は、確かな過去の一場面へと。記憶に潜む猫の眼差しは、今なお少女期の煌めきとなって、僕を見つめ続けている。

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