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2012/07/18

美しいアイドルの幻想

とちおとめ25くるみ

懸命に働きかけるも、状況は好転するどころか悪化の一途を辿る。わずかな光が見えたと思ったら、それはただ幻であって、何ら良い結果には結び付かない。そんなことを繰り返す内に、心身を徐々に蝕まれるようにして精神が疲れてきてしまった。
アイドル」という、かつて胸ときめかせた存在はどんどん遠くなっていく。以前のように、イベントに遠征するのをやめてから随分と久しい。経済的にも、そして精神的にも余裕がなかったのは確かだが、やはり心のどこかで求めているのは今もあるのだと思う。

東京までの交通費、その他諸々の経費を捻出出来ず、行動力もないとなれば…おのずと目が向くのは、ご当地アイドルであった。
地元栃木の特産品である苺から名前を取った、とちおとめ25。なぜ48でなく25なのか知る由もないが、地元に居ながらにして全く気にもかけなかった、いわばローカルアイドルである。
普段からの行動範囲でもある、地元商店街のイベントスペースでミニライブを催すというので、ものは試しにと行ってみることにした。
制服風の衣装で歌い踊る雰囲気は、AKBに似たり寄ったりだが、パフォーマンスそのものは平凡で無難にまとめてあるなと初見の印象で思った。根っからのファンはごく少数に思えたが、意外にも数人はオタ芸らしきものも打っていたようだ。
ただ残念ながら、ルックスのレベルが著しく低い。ロコドルなのだから仕方ないとはいえ、アイドルと呼ぶにはあんまりなご面相の娘が、大半を占めているのは流石にどうかと思う。
まともに見れるのは、最年少?の「くるみ」という子くらいか。無料の握手会ですら見送るほどで、正直言って落胆してしまった。

ロコドルの場合、地元限定で活動してくれる女の子を探すわけで、範囲が絞られる分、可愛い子を探すのは困難に違いない。
だからといって、やりたい気持ちさえあれば誰でもなれるというほど、甘いものでもなかろう。アイドルって、決してそんなものじゃない。
以前に、徳島ロコドルcoco's(コニーズ)に魅了された時期があった。(参照:楽園に焦がれた異界の住人
彼女らの特徴はといえば、ランドセルでの楽器演奏自作コントラジオ体操といった奇想天外なパフォーマンスが挙げられるが、何といっても、やはりその可愛らしさが群を抜いていたのを鮮烈に思い返す。
モチベーション、歌やダンスのスキル、アイドルに必要な要素は数あれど、最も重要なのは美少女であることだと僕は思うのだ。
大して可愛くもない、その辺を歩いている女の子と同等、またはそれ以下のルックスしか持ち合わせていないのなら、アイドルは諦めるべきである。それだけ厳しく、神聖な存在でいて欲しいと切に願うのだ。

今、モーニング娘。11期のオーディションなども進行中だが、どうせならこれまでにないくらい、ルックスを重要視して頂きたい。
とかく、歌やダンス経験を重視する向きがあるハロプロ
現に、センター抜擢の鞘師里保は、広島アクターズスクールでトップクラスのダンススキルを有していた。ルックスの評価は道重が推すほどではなく、やや微妙である。
宮城の石田亜佑美もダンスに秀でているが、こちらは意外にもロコドル出身。髪型を工夫すれば結構可愛いと評判で、皮肉な結果となっている。
石田のような素材が良いとは思うが、たまには絶世の美少女を加入させ、ルックスの底上げを図って欲しいと願わずにはいられない。
coco's

見る影もなく崩れ落ちてゆく、愚かしいまでの我が生涯
身も心も汚れ、やがては無惨に朽ち果てる結末が見えているのならなおのこと、美しく儚い少女の想い出で、たとえ一瞬でも心の内を清々しく洗い流したい。
いつの日にか夢を見ることが叶うのならば、それは紛れもなく、繊細な美少女のイメージで埋め尽くされているのだろう。手に取ることも、指先で触れることさえ出来ないとしても、アイドルという幻想は僕の中で生き続けるのだ。

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2012/07/03

混濁するオアシス

ハロー! SATOYAMAライフ

AKB指原の移籍が話題になったが、ただ、大人の事情によって真相を闇に葬っただけの話であった。アイドルの生命線ともいえるイメージを穢し、あからさまな嘘までついていた指原は本来、即時に引退するべきである。
指原は自らの地位を捨てきれなかったし、秋元も指原の商品価値を無視出来なかったというわけである。実に、くだらない顛末だ。

アイドルの世界に限ったことではないが、過剰に利益を優先するあまり、ある種不自然なまでの空気感が充満し、多大なる嫌悪感を感じることがままある。
あくまでビジネスとして終始するには、安易に許容しかねる、アイドルという夢のある職業。盲目なまでに信用し、ひたむきな応援を惜しまない純真なファンを喰いものにするようなプロデュースは、何とかならないものだろうか。

人気子役のプロデュースに関して最近顕著なのが、曲をリリースしデビューさせてしまうというもの。そもそも、演技の面での天才的な才能を評価されているはずの子役を、音楽の分野にまで進出させてしまうのは完全に間違っている。
ご存知の通り、芦田愛菜が曲をリリースし続けているが、どうにも違和感を禁じ得ない。彼女は、あくまで子役としては天才だが、歌が抜群に巧いわけでもなく、アイドルとしてソロで通用するほどの美少女でもない。目の肥えた僕などから見ると、むしろ、後ろのバックダンサーの女の子達が気になるほどである。
これは単純に、一過性の人気を逃すまいとする大人の思惑に他ならない。愛菜ちゃんは稼げなくなれば、使い捨てられるだろう。
更に懲りもせず、小林星蘭谷花音がユニット結成し、キャンディーズをカヴァーする話題が出てきている。こんなことをする位ならば、将来のために演技に磨きをかけるか、勉強でもしていた方が遥かにマシである。本人らがまだ幼いだけに、大人の金儲けに踊らされる様が痛々しく思えてしまうのだ。

昨今、妙に鼻につくのが、ワイドショーなどで度々取り上げられる小中学生の雑誌モデルである。ひと昔前ならば、背伸びしたい年頃の中学生はともかくとしても、小学生までがメイクやファッションに、今のような過剰な興味を抱くことはなかったろう。
それが今や、小学生がメイクをし、大人びたファッションに身を包んで雑誌に載るのが、一種のステータスのように思われている。
しかもそれがまた、いわゆるギャル風の、明らかに行き過ぎたものであることが非常に多い。恐らくは数万円に上ると思われるそれらを、親や周囲の大人が買い与えるのも、教育上問題があるのに違いない。小学校の卒業式では、まるでAKBを真似たかの制服を着こなした女の子が立ち並んでいる。あれも、どう見ても高価なものだろう。
これでは、子供は物の価値も分からず金銭感覚が狂ってしまうし、大人の格好をした奇妙な子供が平気で街を歩くことになってしまう。
なりふり構わず利益を追求するあまり、無垢な子供に間違った流行や価値観を植え付ける罪深さを、全てのメディアに自覚して頂きたいものである。

個人的に興味を増してきている、モーニング娘。についても少々。ついアンテナを伸ばし気味になってしまうが故、たまの地上波番組に対する期待感は思いのほか大きくなる。
ハロプロTIME」の後番組である「ハロー! SATOYAMAライフ」なのだが、これがまた、どうにもつまらない内容なのである。
ハロプロメンバーが農業体験などを通じて知識を深めていくという趣旨だが…とにかく絵が地味だし、それぞれの個性が活かされるわけでもない。それこそ他局の何とか村みたいに、最初から最後まで汗にまみれてやるほどのドキュメント性もありはしない。
なぜこんな退屈なテーマなのかといえば、恐らく新規ファンの開拓といった目的からなのか。一般的で身近なものにメンバーが携わることで親近感を芽生えさせ、より興味を抱かせようとしているのだろう。
その他、心ならずも卒業した光井愛佳の出演機会にした感もある。彼女には気の毒だが、芸能界でやっていくには華がなく、引退した方がいいように思う。それでなくとも面白みのない番組を、悪い意味で助長しているように見えてしまう。
ハロプロには、いつかの栄光を取り戻すことより、今あるファンを大事にし独自路線を貫いて欲しい本格的なパフォーマンスそれぞれの個性の明確化。こういった手腕は折り紙付きなのだから。
余談だが、モー娘。9期鈴木香音肥満化が話題になっている。過去にもあったが当然のこと、アイドルの肥満化は決して許されない。
成長期で体型のコントロールは難しいだろうが、これ以上進行するとなれば、酷なようだが切り捨ても考えられるかも。
新曲の衣装が、リックドムみたいに見えて驚いた。(失礼)
谷花音、小林星蘭

経済に直結する意味でも、国民的アイドルであるAKB48の影響力は絶大であったと確信する。ただ、そこに本来根付いていたのは、地道な下積みの経験と、ファンに寄り添う真摯な心がけであったのは言うまでもない。
目先の利益や一時の繁栄を望むのなら、神聖であるべきアイドルの領域は確実に穢されてゆくだろう。誰もが憧れ心沸き立たせるものは、薄汚れたこの世の中に最早数少ない。かけがえのないオアシスを、無闇に濁してはならないのだ。

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