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2012/03/11

かつて夢見た「究極の美少女」

浜辺美波将来性に満ち溢れたものに触れる時、心の穢れがすっかり落ちて、清々しく生まれ変わったような錯覚に、ほんの一瞬浸ることが出来る。これは、一種の現実逃避に近い感覚だ。
将来もなく、家族もいない現実。別に正当化するつもりもないが、未来ある幼子に心惹かれるのは、もはや必然なのだろう。

子役美少女の台頭は、閉塞してゆく世界である証のような気がする昨今。芦田愛菜を筆頭とした、巷を騒がす天才子役には、どうしても揺るぎない美少女性を求めてしまうのが僕の悪い癖。
芦田愛菜ちゃんは残念ながら、許容出来る範囲内の美少女とは言い難い。誤解を恐れず言わせてもらえば、類い稀なる才能究極の美少女性があってこそ、真の天才子役と呼ばせて頂きたい。

出演番組の人気にあやかって、みるみる知名度を急上昇させたのが本田望結。ご存知「家政婦のミタ」において、ユニークでありながらも際立つ演技力を見せつけた。
子役としての才を発揮する一方、フィギュアスケートの腕前もかなりのもので、実に多彩な才能の片鱗を窺わせる。
トークもこの年齢にしては巧みで、年上男性への恋愛観など、考え方も非常に大人びているのに驚く。
前髪を重要視する僕から見ても、この子のデコ出しは許せるほどに似合っている。どんな風に成長していくのか楽しみだ。

バラエティ番組の子役スペシャルにおいて、意外な素顔を垣間見せたのが印象に残る、小林星蘭。それまでのCM等のイメージでは、育ちの良い大人しい印象が強かったが、番組内ではテンション高めで落ち着きがなく、終始スカートをバタバタさせてはしゃぐ姿が見受けられた。
対照的に、しっかり者のお姉さんタイプな谷花音ちゃんとの掛け合いが面白く、今時の個性的な子役の一面に興味をそそられた。ちなみにこの花音ちゃん、往年の名子役、安達祐実に似ていると思うのだが、果たしてどうだろう?

同様に、テレビ番組を通じて改めて新鮮に感じたのが、荒川ちか。以前より、小学生限定グラビア誌などで知ってはいたが、前髪パッツンが如何ともし難く、注視するに及ばなかった。
ロシア映画でヒロインを演じ、国際映画祭で最優秀女優賞を受賞するなど、実績は折り紙付き。短期間にロシア語をマスターしたりと、知性的な面も覗かせている。
旬な年齢に成長したことで、独特のクラシカルな容貌に磨きがかかり、美少女度は大幅にアップした。国際的にも才能を認められ、ワールドワイドに活躍出来そうな期待の星である。

メジャーな女優オーディションとして有名な、東宝シンデレラ。昨年度グランプリは、上白石萌歌であった。なるほど、質素な雰囲気ながら、なかなかに清楚な美少女といっていい。
だがしかし、何より僕の琴線に触れたのは、ニュージェネレーション賞を受賞した、浜辺美波その人であったのだ。
非常に純度の高い清楚さが香り立つ、究極といってもいいほどの美少女性に感嘆する。年齢不相応に完成した端正さには、かつて「究極の美少女」と名付けた、神元結莉を彷彿とさせるものがあった。(参照:究極の美少女
未だCM出演経験くらいで才能は未知数だが、このほどショートムービーのDVDをリリースする。女優としてはもちろんだが、アイドル、グラビアと様々な分野で活躍して欲しい逸材の一人である。
小林星蘭、他

美少女を求めて記憶を辿る内に、いつしか霞みがかった意識の中で構築された繊細なイメージ。そこには穢れも邪推もなく、ただあるがままの純真な少女像が、澄み切った輪郭を刻むように確かな存在感を伝えてきた。
究極であるから先がないのではなく、秘めたる才能を発掘し伸ばすことで、更なる究極にまた一歩近付くことが出来る。
あの美しいイメージを、飽きることなく追憶する。いつの日にか夢見た美少女が、未完成でいて究極であるのを祈りつつ。

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