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2009/09/27

少女本来の自然な輝き

福原遥アピールが強過ぎるテレビCMは、鬱陶しいことこの上ない。リズミカルなBGMに乗せて特定のフレーズを連呼し、印象付けようとする、安易な発想から生まれた手法がはびこっている。
要するに、極めて不自然であるし、耳にこびり付く嫌悪感が酷いのだ。放送倫理だ何だと言う前に、これらを何とか出来ないものか。不快なのだよ、誰とは言わないが…タマホームにメガシャキ、住宅情報館、その他云々。

ただひたすら自己アピールを繰り返すばかりが、アイドルの心得とは限らない。出来の悪いテレビCMの氾濫は、そう思い直すきっかけとなるかも知れない。
最も重要視するべきは、少女らしく健やかな鮮烈さはもとより、その内に秘めた深く優しい温もりを感じ取れるかどうか。
言葉や行動より先に、率直な印象として訴えかけてくるものを大切にしたい。本来の少女ならではの美しさには、決して飾り立てることなく自然体でありながら、人の目を引きつける精緻な輝きを湛えているはずだから。

いたずらに潔癖主義を貫くことの愚かさを、自ら知ることはないであろう国営放送において、いかなる素質ある美少女もアイドルとして大成出来ない運命に縛られる。
クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!」まいん演じる福原遥が巻き起こした、U-15ジュニアアイドル界隈を席巻する大旋風。
これだけヲタを熱くけしかけておいて、大きなお友達を嘲笑うかに無視し続けると思われた。しかし、意外にもCDリリースというアイドル的展開を打ち出したのは、ある程度評価すべきだろう。
この「キッチンはマイステージ」は、言わずと知れたオープニングテーマ。まいんを象徴するポップナンバーだが、更に特典DVDを同梱した限定生産盤、ベストアルバム等も出るという。
これは、ひょっとして本格的アイドル展開があるのか?と思わせたが…これら一連の動向は、アニメを主とした企画モノの色合いが強く、本来のアイドル路線には程遠い印象。
おいも屋は無理としても、秋葉原で発売イベントを打つくらいでないと、純正統派アイドル福原遥には逢えそうもない。
アイドルとしてのみならず、可憐な美少女の要素を活かすためにも、NHKの呪縛を振り払って欲しい女の子の一人だ。

がんじがらめに縛りつけられた鳥籠の中で静かに時を刻み、飛び立てる時を待ち焦がれるのも、ひとつの方法ではある。
これまでの顔触れからして、素質溢れる美少女を輩出した感があるてれび戦士。大ブレイクに至ったのはごく僅かとはいえ、多方面で活躍出来るだけの表現力を育成するには、悪くない道すじである。
小柄で、いもうと風な容貌が幼く愛らしい白坂奈々。わりとツッコミ厳しい点が面白い女の子だが、あの「フジッコ煮 海の野菜」CMの子とは、今更ながらに知った。順調にいけば、天てれ卒業する頃に旬を迎えそうで何とも楽しみだ。
新人でもう一人、モデル出身の鎮西寿々歌が気になる存在。いかにもな、お人形系美少女。やや西欧風な面立ちにも見え、和風な美少女好きの僕には珍しい嗜好を掻き立てる。特別なオーラを感じているのだろうか。

行き過ぎたアイドルアピールが時に不快感を伴うことはあるとしても、全くもって方向を取り違えたアピールよりは、遥かにマシな気がする。それはもう、致命的なイメージダウンに直結するからだ。
夕方からのTXバラエティ「ピラメキーノ」という番組。この中で、子役同士で「ねるとん」いや「あいのり」を彷彿とさせる恋愛体験のコーナーがある。
これまでに、星☆美優などが出演しているが、正直言って看過出来ないものがあった。
こういった恋愛に関する事柄は、どう転んでも良い印象を与えることはない。男の子のプロポーズを受けても、断っても、必ず悪いイメージが先行してしまうもの。たとえ、疑似恋愛であったとしても、アイドルとして途方もないイメージダウンに繋がるのだ。
子供同士のじゃれ合いに目くじら立てて、大人げないと言う人もいるだろう。しかし、アイドルに幻想を抱いている人間にとって、それは穢れない存在であるのが絶対である。
アイドルに恋愛はご法度。この原則は未来永劫破られるものでなく、これを守り通すためならば仕事を選ぶべきと考える。
然るべき範囲内において、誠心誠意アイドルとしての嗜みを貫き通す。そんなアイドルアピールに、ときめかせて欲しいんだ。
白坂奈々

目まぐるしく移り変わる印象が、僕を混乱に陥れる。人々の喧騒や思惑に支配される心は、どこか別の場所に置き去りにした遠い幻のよう。そう、それは僕であって僕でない。
もの言わぬ少女が微笑むだけの、閑散とした空間が心の片隅にあってもいい。満ち溢れる喜びと、尽きることなき夢が手に入るなら、陰鬱なる運命にこの身委ねるのだ。

おことわり
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2009/09/14

心に棲む美少女の陽炎

工藤綾乃

距離感を感じる時の心境は、哀切に満ちた苦境の闇に身を投げるようなものだ。いつからか、果てない澱みの底に浮かんでくるイメージが、明瞭な輪郭を結び視覚に訴えてくるようになった。
それは、壊れそうに繊細な輝き有する美少女のイメージ。折れそうに儚く、どこかしら優しげな温もりを宿す美しい面影。
ひとつの完成形であると、何の疑いもなく確信した。少女の美しさには、あくまで中性的でありながら、一方で混じり気のない純粋な煌めきが常に存在する。いわば、普遍的であるべき美少女像が、そこにはある。

これまで例外なく心惹かれたのは、未完成で儚げな細身の美少女のみであった。俗世には、いわゆる「ぽっちゃり」を愛でる輩がいるらしいが、そんなものは完全に逸脱した嗜好という他はない。
サラサラの黒髪透き通る白い肌スラリと伸びた四肢。これらの条件無くして、美少女の範疇には断じて入り得ない。
混沌としたアイドルの世界においても、真実はひとつのみ。
こんな今だからこそ、原点に立ち返るべきなんだ。

最も象徴的な美少女像を示すのに欠かせないミスコン、国民的美少女コンテストにおいて、第12回グランプリの栄冠を手にしたのが弱冠13歳工藤綾乃
モデル部門賞とのダブル受賞となったが、やはり、これ以上にないほどスレンダーで清楚な雰囲気を得た美少女であった。
宮崎出身という牧歌的なイメージとかけ離れた、極めて洗練された魅力が特徴。目的意識のしっかりした、芯の強そうな一面も覗かせ期待が大きい。なかなかグランプリがブレイクしない国美の汚名を、是非とも払拭してもらいたいものだ。
この他の受賞者の顔触れは、一見して良さげだが、細かく見ていくと微妙な娘が多い。そんな中、演技部門賞の佐藤望月は、特別なオーラを感じる印象があった。
例によっての、各賞受賞者のブレイクがあるとすれば、彼女ではないかと推測してみる。

今回の国美では、グラビア賞が該当者なしであったが…これは、豊満でセクシーなタイプの美少女を、時代が求めていないと捉えるのは勘ぐり過ぎだろうか。明らかであるのは、あどけない細身のジュニアアイドルが、これまでにも増して熱い注目を集めているということ。
おいも屋本舗における売上ランキングが、どれほどの影響力を持つのか疑問は多い。ただ、注目に値するルックスと少女然とした雰囲気に魅了され得るのは、紛れもない事実である。
好評を博したファーストDVDの記憶が新しい、櫻井あや
最新2ndDVDの売上げがぶっちぎりとなったのも、さして意外とは思わなかった。なぜなら、マイナーな作りのDVDの中で、端正な少女美、しなやかな肢体の美しさ、それらを完璧に両立させていたのだから。
ジュニアアイドルものらしからぬ、大胆なカットの水着に引き込まれる。それでいて、全く嫌らしさを感じさせない辺りが、正統派美少女たる所以なのか。ここ最近のスレンダー美少女では、特筆すべき魅力を得ているのは間違いないだろう。

ハイティーン勢では数少ないスレンダーな魅力の美少女として、AKB柏木由紀を挙げさせてもらった。
(参照:飾らない自然体の美しさ
書店で全編水着のAKBムックを拝見する機会があったのだが、ややもすると惜しまれる心境が生じたのは否めない。
全体に細くモデル体型そのものであるが、思いのほかバストが大きいのである。これは大した問題ではないように思えるかも知れないが、理想的な美少女像からすると、致命的なバランス崩壊を招き得る不測の事態。残念な事実だといえる。
櫻井あや

硝子のように繊細で傷付きやすく、おぼろげな幻にも思える危ういシルエットが心に残る。足跡を辿ろうとしても、まるで明滅を繰り返す蛍のように、いつも僕の手をすり抜けていく。
遠のいた距離は、どんなに色鮮やかな日々を過ごすよりも、胸焦がす熱い想いに回帰させる。心の深い場所に棲むものは、あの懐かしい面影抱いた少女の陽炎。変わらぬ道しるべとなりて、この運命を仄かに照らし出す。

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