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2009/08/08

抱え侵された死の感触

ここしばらくの間、読書に明け暮れていた。その小さな世界に入り込んでいると、外界からの余計な情報はシャットアウトされて、自分の奥深い部分に存在するものと向き合うことが出来る。
ノルウェイの森」を読んだ。ここに描かれていた孤独感と死の観念は、僕の死生観に多大なる影響をもたらした。

これを恋愛小説と呼ぶのは、あまりに本質からかけ離れている。死の影に蝕まれることで物語は綴られ、人間模様は徐々に閉塞してゆく。そして、孤独の内に人の死を問いかけ、生死の境界線に己の存在意義を見い出そうとする。
主人公を取り巻く人々は、どこか歪んだ感性を抱いていて、懸命に生きようとしながらも自殺という手段を選んでしまう。
社会における底辺層に身を置く僕にとって、自殺という方法は、決して非現実的な選択肢だと言い切ることは出来ない。
年間3万人、実数はその数倍といわれる自殺大国日本にあって、人生の果てにある死の気配を無視するのは叶わなかった。

宗教観の違いあれど、大多数の人々は「人間は死ねば無になる」と信じていることと思う。死の世界は全てを掻き消し、悩みや苦しみから解放してくれると考えているはず。生と死は分かつべき対極にあると。
ここに投げかけられたテーマは、「死は生の一部として存在している」ということ。つまり、生きていて初めて、死の感触をはっきりと認識することが出来る。それは、身近な人が亡くなることで、より明確に遺された人間を捉え始める。

以前に、アイドルの死というものを題材にしたことがある。瞬く間に成長を遂げてしまう少女期において、その訪れはあまりにも早く感じられる。ただ、その印象はいつまでも色鮮やかに蘇り、今なお、熱く疼くように胸を締めつけてくる。
初めて観に行った映画のヒロインが西村知美であり、そのパンフレットを宝物にしたこと。お世辞にも上手とはいえない山中すみかの歌声が、夕暮れの飯田橋に流れた光景。木々の間を駆ける天使のような前田亜季が、甘い夢へと誘った「ごめんね」のPV。そして、もはや死にかけているかの沈黙が続く松嶋友貴奈が、バースデイプレゼントに贈ったマフラーを巻いてくれた写真、あの理知的な眼差し。
それらの記憶は色褪せるどころか、死して生ある思いの深みを増すように、僕の心を捉えて離そうとはしない。
永遠の別れであるはずの死が、なぜこうも手に取るように身近な心の深部に潜んでいたのか。この物語に触れて、僕はほんの少しだけ、死の意味するものを知った気がする。

固く覆われた表皮を爪の先で引き剥がしていくと、ささくれ立った心の裏側に、掴みようのない影がぽっかりと口を開けている。
その空間を埋めようとあらゆる方法を試しては、空虚な感慨の波に押し流されていた自分がそこにいた。
僕は今こうして生きていながら、抗い切れない膨大な死をも抱え続けている。内包した陰りは深く密やかに寄り添うようにして、この脆弱なる魂を侵食し、且つ、ときめかせていたのだ。

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コメント

観念って…なんだろう…?

投稿: BlogPetのAki | 2009/08/08 14:03

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