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2009/06/06

あるまじきタブー

先日、一時不停止で切符を切られた。日常の移動手段をバイクに頼る僕は、常日頃から、これ以上にない安全運転である。
通行量の少ない、見通しの良い十字路。僕は十分に安全確認をし、足もついた状態で、ほんの少しはっきりと停止しなかっただろうか。すると早速、後方から巡査部長の停止命令である。
日本の道路交通法は糞である。全くもって危険な事態が発生したわけでなく、ただ警官の点数稼ぎのために、失業者から金を毟り取る現状がまかり通っている。

ジュニアアイドルの世界における謂れなき弾圧は、日々、勢いを増している。水着を児童ポルノとする横暴も、こういった、弱者を貶め権利を迫害する所業に通じるものがある。
今、この現代において、憲法で守られているはずの「表現の自由」は、悪しき固定観念により侵されようとしている。

二次元の世界で起きている惨状を、ジュニアアイドルのそれと同系列のものとして考えるのに、やぶさかでない。
いわゆる、凌辱系のアダルトゲームソフトが、製造・販売の禁止に追い込まれているらしい。事の発端は、海外で出回った日本のアダルトゲームが物議を醸したことによるもの。性暴力を扱う描写が、大きな批判を呼んでいるようだ。
例によって、日本ユニセフが、ここぞとばかりに調子づいている。国際協調を盾に、児童ポルノ撲滅を叫んでいる。やれやれだ。

これら一連の出来事について、ある外国人はこう漏らしている。「こんなことは、自国では考えられない」と、困惑気味に。
小中学生の水着演出についても、同様の意見が出されている。勘違いも甚だしいと思わないだろうか。
なぜって、当たり前である。その国ごとに、独自の文化が存在するのだから。日本の漫画、アニメは世界的に高い評価を受けたが、それは日本独特の創造性と技術力の賜物であった。
日本の文化を重んじ、それに追随する気がないのであれば、無理に関わる必要などありはしない。外人ごときが声高に批判し、しゃしゃり出てくるなと声を大にして言いたい。
最近は、何でもかんでも諸外国を規範とし、それに倣うべきとの風潮がある気がする。外人が騒いだところで、何だというのか。
そんなものより、日本で生まれた自由な表現による、様々な文化風土を重んじるべきだと常々思う。
別に、性暴力といった過激な描写を肯定する気はないが、これはあくまで二次元であり妄想の中の話である。実在する女性が関わるわけでなし、あまりに過敏な反応というしかない。

過激なアニメやゲームの氾濫、果てはジュニアアイドルの水着までも、性犯罪の増加に結びつける強引な論調がよく聞かれる。
児童ポルノが規制されるずっと以前から、性犯罪は常に発生していた。実際に統計をとってみても、規制の効果が現れ件数が減ったわけでもなく、また急激に増加したわけでもない。
結局のところ、性犯罪に限らず、犯罪の類いは世の中からなくなるわけはない。最も懸念すべきは、犯罪抑制にかこつけて、自由な表現や創造性を奪うことである。
タブーとされる定義付けを行う際に、なにをさておいても留意すべきこと。それは、絶対に侵してはならぬ聖域に、土足で踏み込んでいないかどうか。「自由」という不可侵の領域を汚すことこそ、人としてあるまじき愚行なのだ。

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