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2009/03/25

アイリーン 炎の戦線

鈴木愛理我が心、戦地に赴く。灼熱の砂漠に立つ陽炎のように、そこには逃れられぬ死と、言い様のない恐怖が充満していた。
強力な電撃戦により、電光石火の進撃を見せたドイツ第三帝国だが、大戦末期にかけての頑なな防衛戦線は凄惨を極めた。
北アフリカ戦線における圧倒的な戦果で、「砂漠の狐」と恐れられたロンメル率いる装甲師団。エジプト、カイロの手前まで迫った快進撃は、いたずらに伸びた補給線により消耗し頓挫する。
アメリカの支援を受け態勢を立て直した大英帝国は、巧みな偽装工作で入念な準備を進め、猛烈な反撃を開始した。
これが世にいう、エル・アラメインの戦いである。

アイドルの世界において純正統派を貫こうとするなら、団結力のあるユニットの中で、際立つ才能と技術、そして清純な雰囲気を身に纏うことが最も端的な方法。
ハロープロジェクトの現役最高峰、Berryz工房を凌ぐ個性派集団として名を馳せる℃-ute。その存在意義は、もはや稀代の清純派鈴木愛理アイリーン)なくして語ることなど出来はしない。
かつての幼年期から図抜けた才能の片鱗を見せつけ、常に存在を誇示してきた経緯がある。今現時点におけるハロプロメンバーの中でも、トップクラスの歌唱技術を得ているのは誰しも認めるところ。
荒廃し切った時代が求めているのは、才能のみならず、穢れなき清純派志向の魅力溢れる美少女にあるのみ。ここにきて再度、あのアイリーンの真髄を徹底検証してみたい。
(参照:バトル・オブ・アイリーン

美少女の潜在的攻撃力
いわば機甲師団ともいうべき℃-uteが徐々に洗練されていく過程にあって、突出したプリティアイドル資質を持つ愛理のソロ展開が活気を帯びたのは、実に自然な成り行きといえる。
矢継ぎ早にリリースされた写真集は、並みいる先輩方を押し退け、売上上位ランクインすることしばしば。ただ、パターゴルフするだけの単独DVDまで人気を呼ぶ、異常な事態にも。
これは須らく、ナマコで泣くほどの、か弱い女の子らしさが醸し出す可憐な魅力の成せる業。それにつれ、増幅する美少女としての確固たる存在感といったら…。
水不足の砂漠でパスタ茹でる弱兵イタリア軍も、英軍大攻勢の折りには、意外なほどの粘り強さで徹底抗戦して見せた。
弱さの中にも、裏打ちされた何かがある。アイリーンの真骨頂である。

奇抜な発想で立案された作戦
天然が故に、人外の生物である河童をこよなく愛するのも、愛理にとって異質なことではない。池と沼の違いは、「河童がいるかどうか」。つまり、そういうことである。
グッズを集め、着ぐるみを着て寝る正気の沙汰ではない日常。奇妙な河童の踊りを惜しげもなく披露する、愛理の精神状態が常人には理解不能だが…これは考えようによっては、非常に機転を利かせたアイドルアピールと取れなくもない。
事実、「ベリキュー!」では、そのあまりの愛らしさにももち(嗣永桃子)のハグを誘い出し、極上百合萌え機銃掃射を成功させたこともある。
不可思議な趣味と挙動で、人を引き付ける作戦。強力な火力を誇る88mm高射砲を対戦車戦に応用した、柔軟な兵器運用にも通じる、斬新な作戦展開といえるだろう。

アイドル的戦略機動性
効率的に軍を機動させ、敵を包囲せん滅するのが、ロンメルの優れた機甲戦術のひとつ。アイドルにも、多角的な機動性が今求められている。
ボケとツッコミ、どっちつかずの愛理はキューティーガールズ内でも、キャラ否定された過去がある。常にフワフワとした雰囲気を帯びる愛理は、人間関係において、微妙に煙たがられる節があるのは確かなようだ。
Buono!での成功は、お姉さんキャラである雅ちゃん(夏焼雅)と、プリティ属性の似かよったももちと、うまく溶け合えたからに他ならない。単独CM出演も、目に見える分かりやすい裏付けとなった。
目標をもってまい進するのも良いが、臨機応変にキャラを使い分けられれば、夢に向かう機動力は増すことだろう。
騎士道精神を重んじたロンメルは誇り高い軍人であるが、ユダヤ人500万人を虐殺したヒトラーを、ナッキー(中島早貴)のように敬愛する気にはなれない。
恵まれた家庭環境で真っすぐに育った愛理にも、才能に溺れることなく、正統派たる誇りを身に付けて欲しいものだ。
桃子にハグされる愛理

軍馬に跨りし誉れ高き勇姿が、この胸を馳せる。軽快な走行機動性を見せる、我がⅣ号戦車から見渡す荒涼たる砂漠の光景。
いつしか、無数の徹甲弾が飛び交い、その強固な装甲は熱く綻び、血と硝煙の匂いにまみれるのだろう。
バトル・オブ・アイリーン。少女の選んだ道程は、数知れぬ偽りと嫉妬に身を焦がす、いわば炎の戦線
生と死の堺を彷徨い、嗚咽する魂と、ざわめく心を身の内に抱えなおも生きている。不退転の決意が、皮肉にも過酷な運命を手繰り寄せていく。
猛猛しく血飛沫が飛び散る、酷たらしい彼の死地にありて。

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2009/03/13

触れ合いから生まれる未来像

僕は所謂、柔軟な考えの持ち主とはいえない。拘りを持ってしまうが故、時に頑固で、近付き難い印象を人に与えてしまうようだ。初対面の人からよく言われるのが、「とっつきにくい」。
凝り固まった思考と、つまらないプライドを捨て去ることが出来たなら、果たして僕の人生も変わっていただろうか。

日夜、心の潤いを求めてネット上を彷徨う僕にとって、美少女アイドルを取り巻く勝手気ままな論調は、本来単なる雑音として無視するべきもの。
今のこの枯渇した状況にあって、欠かせないのが、チャーム発レジェンド松嶋友貴奈という存在であるのは言うまでもない。
ラブレター」で、一躍全国区の知名度を獲得した彼女には、当然新規のファンが急増した。それはまあいいのだが、彼らの知った風な主張が、どうにも耳障りに思えることがある。
彼らが発する一言目は先ず、「大手事務所に移籍しろ」である。そして、今のおいも屋イベントを始めとする、ヲタ向け仕事を直ちに辞めるべきだという一点張りなのだ。
持ち得る才能を活かすための、いかにも正論に聞こえるかの意見を、それはもう誇らしげに語ってくれる。こんな一方的な主張は、僕からすれば、はっきり言って愚の骨頂である。

僕はこれまで、20年来アイドル史を注視し続けてきた。その中で、最も重要視すべきだと結論付けたのは、アイドルとファンとの距離感。つまり、コミュニケーションの大切さである。
今ある大女優、歌手、タレントそのほとんどが、地道な下積み時代を経て花を咲かせている。殊に、方向性を見い出せない幼少期において、人との関わり合いを肌で感じるのは、とても大切なことだ。
自分のことを熱烈に応援してくれる、ファンとの触れ合い。
一人の少女の人生において、わざわざお金をかけ足を運び、温かく激励してくれる人間が、果たしてどれだけいるのだろう。
普通なら、そんな人は居るはずもない。そんな幸せは、アイドルでなければ味わえるはずもないのだ。

かつて、デビュー当時の長澤まさみDVDイベントに行ったことがある。若手女優として花開いた彼女も、その頃は妙にオドオドしていて、リアクションも悪く良い印象は何も無かった。
事務所で演技レッスンを受けていた様子も見たことがあるが、酷い棒読み口調で、とても女優資質はないなと思わせたものだ。
それでも、彼女なりに一生懸命に励んでいたはずだ。多くの人々に支えられ、与えられた絶好の機会を活かすべく。
時を同じくして、注目美少女としてピュアピュア誌上を賑わせていた宮崎あおい。今や、「篤姫」で国民的女優として確固たる地位を手にした彼女だが、少女期における幼い可愛さには比類なきものがあった。
彼女が女優としてブレイク後に、雑誌インタビューにおいて、自身のアイドル時代を否定したと噂されるが真相は定かでない。
ただ、これが本当ならば、断言してもいい。必ずや、彼女は失墜するだろう。それは、否定したものが単に一時期の記憶のみならず、若かりし自分を支えたファンの気持ち、今ある自身の根底に根差したものだから。
女優という確かな方向性を見い出し、歩き出せたのも、ファンとの触れ合いが発端となったはず。身勝手なイメージだけで、汚らしいと思い込む浅はかさを、一部のアイドルファンの人達にはよく考えて頂きたい。

所属事務所に関しても、僕の見解を少々。新実菜々子が解雇されたり、仲村みうが取締役になったりと、なにかと訳の分からぬ喧騒が巻き起こる、最近の事務所騒動
これら一連の件はともかく、芸能事務所とは、「少女のあらゆる才能を発掘する、様々な機会を与えるべき存在」でいて欲しいと、切に願う。
先述した可憐Girl'sの解散も、無下に少女らの可能性を奪い去り、つまらぬ方針を徹底させるだけの所業と言わざるを得ない。
その点、チャームキッズは、こぢんまりとした環境ながら各種無料レッスンを提供し、イベントも積極開催している点に感心している。
旧いもクラにおいて批判に曝された経緯もあるが、ただの水着演出に一部の弾圧主義者が騒いだだけで、何の問題もない。
唯一、NHK絡みの履歴抹消が頂けないが、総じて多くの道すじを少女らに示している、良質な事務所だと思っている。
例えば、友貴奈が大手事務所に移籍しても、それが決して正しいこととは思えない。彼女が女優の道に進もうとも、慣れ親しんだチャームキッズ時代は、かけがえのないものとなるだろう。
触れ合う大切さは、深く胸に刻まれているに違いない。
そういった意味でも、今後もチャームで、本当にやりたいことを模索していくことが大事なのではないか。女優として本格的に活動するのは、高校を卒業してからでも決して遅くはない。
少なくとも、大手に移籍すれば成功するなどと、未来ある少女の人生を短絡的に考えるべきではないのだ。

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2009/03/04

消されゆく少女の雪模様

イベントでのりなちゃん 子供の頃、どうしてあんなに雪が嬉しかったのだろう。外で雪合戦したり、雪だるま作るような活発な子供でもなかった。
それでも、なぜだか胸がわくわくしたものだ。
大人となってからは、ただの交通障害の要因としか考えられなくなった。荒んだ日々を生きる内に、
いつの間にか失われた純真な感性。これまでの曇り歪んだ半生において、手放したものはあまりに多過ぎる。

穢れた心を覆い隠すかの、澱みない純白を雪は纏っている。
たった数日で消え去る、幻のごとき都会の雪景色。それならばいっそのこと、全てが雪で埋め尽くされればいい。
俗世の汚れも、人々の苦悩も何もかも。

薄汚れたちっぽけな日常から逃避したいがために、僕はアイドルの世界にのめり込んだのかも知れない。
美しい少女はいつでも儚げで、ほんの一瞬の輝きだけで心を潤してくれる。そうした雰囲気のままに、別れも告げずに消えてゆくのが、らしいと言うべきなのだろうか。
不況をものともしない、美少女増産体制を維持するチャームキッズにおいて、特別に親しまれた小動物的可愛さ牧野りな
例によって、何の説明もないまま、突然にチャーム卒業の発表がなされた。
りなちゃんヲタが次々に発狂する中、僕は言い知れない不安感と焦燥感に駆られていた。イベントにて、お世辞にもリアクションの良いとは言えなかったりなちゃん。苦汁を嘗めさせられながらも、痛く心癒された記憶が蘇る。(参照:幼さが問う真意
チャーム切っての幼女力を持つりなちゃんが成長し、まさにこれから…という、この時期にまさかのフェードアウトなのか!?
依然、ストライク移籍という可能性は残されているものの、いわば、あそこはアイドルにとって墓場のような場所。アイドルアピールや触れ合いの一切望めない、隔離された墓標に過ぎないのだ。
この事態を受けて、松嶋友貴奈という伝説を封印される危機感が、より現実味を帯びてきてしまう。もし、ユッキーナが引退もしくはストライク移籍となったら、正直正気を保つ自信がない。現状における、生き甲斐を完全に失ってしまうだろう。

時を同じくして、りなちゃんの盟友?である行まゆかの、てれび戦士内定が公のものとなった。
正式発表はされていないが、スポーツ選手のブログ記事において、次期てれび戦士との収録に行まゆ本人が掲載されていたようだ。間もなく、行まゆ移籍の一報が入ることだろう。
昨年からの過去履歴抹消の動向により、これらは既に予想されていたこと。TBSドラマ主演のユッキーナは音沙汰無しでも、どうやらNHK教育となれば別扱いというわけらしい。
この処置に関して、ファンの間でも批判的な意見が数多く、僕自身、決して快く思ってはいない。(参照:消された足跡
それならば、というわけではないが…天てれの任を解かれた中村あやの中村あのんに戻し、チャーム復帰させたらどうか?
ストライクの存在意義が明白である以上、その方がファンにとって有り難いに違いはない。姑息な真似をするよりも、状況に応じて相互復帰の可能性があるならば、今感じているこの不安感も幾分和らぐというもの。
国営放送に対する配慮以上に、置き去りにされるファンに対しての細やかな配慮を、チャームには求めたいんだ。

降り積もった雪もいつしか消え、またいつもの殺伐とした日常に連れ戻される。全てが白銀に輝いた雪景色は、記憶に取り残された幻でしかない。ただ、まやかしに過ぎないのか。
夜空から降り注ぐ欠片を受け止めても、それは仄かに冷たい感触を残すだけ。儚く消えた美しさは、永遠に戻らない雪模様
掻き消された少女の面影に、記憶に息づくリアリティは、きっと得られはしないだろう。

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