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2007/04/21

塗り替えられる世界

大後寿々花

目まぐるしい変化によって、視点を見失いそうになる違和感に悩まされる。次々と刷新されるメディアに翻弄される内に、本来求めるべきものが、心の中でますます稀薄になっていく。
僕が、少女に求めるものは何だったのか。才能ある少女の演技力子供番組での良きお姉さんぶり役割を演じるための作られた笑顔。そのどれも求めているようで、実は、大きくかけ離れた偽の視点。
本当に求めたいのは…素顔を晒した少女の生身の姿。癒しに直結する、美少女そのものを求めているのだと、自問を繰り返す。

春の番組改編に伴って、番組や出演者が大幅に入れ替わる。テレビからアイドル番組が排除される傾向が変わらずとも、それとなく、何かを期待してしまう時期ではある。(一部、深夜枠にあるにはあるが…注目するに値しない)
例年通りの期待外れに終わった、虚しい思い。それにも増して寂しいのが、日常でお馴染みの顔となった少女らのフェードアウト。

昼下がりの、萌ゆるつかの間のひと時。ドラマ「キッパリ!」が、惜しまれつつ終了。
自己啓発気味の内容はどうあれ、見所だったのが、他ならぬ田中明岡田千咲美少女っぷり。特に、田中明ちゃんの
高い演技力と存在感が、ことのほか印象に残った。恐らくは、今後もドラマ出演を重ね、高い評価を得るのではなかろうか。
パジャマの千咲ちゃんに抱きつかれたり、明ちゃんに「オジさま」呼ばわりされたりする、的場浩司に痛く嫉妬。妬け付くジェラシーの心地良さを味わえないのも、また残念。魅力ある子役を前面に出した、昼のホームドラマだったといえるだろう。

朝の目覚めの悪さを紛らす、美少女の呼びかけといえば…ご存知、おはガールの面々。このほど、キャンディミントも卒業し、メンバーを総入れ替え。卒業式で新体操風ダンス(リボン?)を披露し涙した姿は、記憶に新しい。
子供向けのおはスタのスタンスからすれば、致し方ないが…ユニットとしてのアイドル的な展開は、ほとんどなかった。非常に質の高い美少女性を持ちながら、実に勿体無い話。卒業後の本格的アイドル展開が期待されるのは、近野成美などの例が示す通り。
ただ、レプロ下垣真香菅澤美月に関しては、事務所の方針上、あまり期待出来ないかも。神元結莉などの素材も、事実上、飼い殺し状態である。麻亜里のスタイルの良さを生かし、とりあえず水着DVDというのは、どうだろう? まあ、難しいか‥。
なお、下垣真香は川島海荷と共に、9 nine(ナイン)というアイドルユニットに加入したが…これは、アーティスト色が強く、本来のアイドルらしい活動は、まず期待出来そうにない。

天てれ天才てれびくんMAX)の面々にも、改編の波が。橋本甜歌篠原愛実伊倉愛美藤本七海といった子らが、一斉に卒業。
一木有海が残留したのが唯一幸いだが…新加入したメンバーの中に、これといった子は、今のところ見られない。これで、
有海も卒業していたなら、我々にとって何の価値もない番組になるところだ。
人数は変わらないものの、男の子が多い印象を、どうしても受けてしまう。絵的には、女の子を多くした方が、断然見栄えがいいと思うのだが…。NHKの子供番組にまで、無茶な注文を付けてしまうのは、僕の欲求不満の表れか。
一木有海に関して、一言。事務所移籍してくれないだろうか。お堅いレプロでは、アイドル一木有海は到底望めそうにない。。

姿を消す少女の寂しさ、その反面、たちまち輝きを増し頭角を現す少女もまた存在する。
セカチュー」の長澤まさみ、「14才の母」の志田未来の当時を思わせる、上昇気運を感じる。ある意味、栗山千明と似た経緯で、福田麻由子を凌ぐ演技力を見せつけるハリウッド子役
大後寿々花(おおごすずか)。
トヨタCMや、ピュアピュアVol.24などで、気にはなっていた女の子。まさか、ハリウッドを経て、これだけ少女らしい成長を果たすとは、思いもしなかった。テレビ電話のオーディションだけで選考される等、強運の持ち主でもあるらしい。
ドラマ「セクシーボイスアンドロボ」では、ヒロイン役をこなす彼女。正直、初見にして魅了される、愛らしく清楚な美少女ぶりにやられる。微妙な表情の変化で魅せる、安定感ある演技。相当な逸材であるのは、間違いない。
キャンディミント

刻々と変わりゆく世界の影響力が、暗を強めた色彩で僕の
領域を染め上げていく。厳密に形作られたはずの、理想となる少女像。失われた時の破片を繋ぎ合わせることでしか、本来の志しを見付けられない、由々しきジレンマ。
全てを新しく塗り替えることで、置き去りにされた真意を見付けられるのか。見渡す世界に、目を引き寄せる何かがあるとするならば…きっとそれは、忘れかけた心が灯した美少女のシグナルなのだ。

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2007/04/08

嘘という名の裏切り

細分化されることで、本来の姿が見えにくくなる現在のアイドル像。何かを許し、見過ごすことで、より曖昧さを増してゆく危機的状況は変えられないのか。
時代が変わっても、決して見失ってはならない根幹の部分。
それは、命綱であるイメージを大切にするよりもなお、優先されるべき重要なもの。ファンを大切に思い、どこまでも誠実であることが、絶対に譲れぬ大前提。

数あるスキャンダルに見舞われ、汚点を残してきたハロープロジェクト。若い世代に支えられて、勢いを取り戻しつつある今、大きな痛手となる出来事が…。
ご存知の通り、加護亜依の再度の喫煙による契約解除(事実上の解雇)。謹慎中でありながらの、無自覚な振る舞いには少々驚いた。それ以上に衝撃を覚えるのは、彼女がいとも簡単に、ファンに対して偽りの意識を持っていたこと。
もし、これがスクープされなかったならば…彼女は再度の喫煙も、年上男性との交際も全て偽り、いかにも真摯に反省したかのように見せかけ復帰を果たしたことだろう。
以前のフライデー独占取材において、心から反省した上で自分を見つめ直し、事務所の仕事に取り組んでいたあの姿勢。少しほっそりとしたその姿は、心に訴えるものがあった。僕は、ただ一度の過ちを、皆が許してくれると確信していた。
嘘で塗り固めるようにして、彼女は全てを裏切ろうとした。本当のファンなればこそ、彼女を信じる者は、もう誰もいない。アイドルとは違う分野で、復帰を望む声もあるようだが、個人的にはこのまま消えてもらいたい。
アイドルの世界を汚された、この屈辱的な不快感。彼女を推していたファンの憤りは、なおさらだろう。

古くから当たり前のように流説される、アイドルの年齢詐称疑惑。実際に暴露されるケースも多々あるが、その度に言い様のない不快感に見舞われる。
事務所等のしがらみの多いジュニアアイドルの世界。一見、年齢詐称が横行しそうに思えるが…保護者や学校関係の監視する目もあるせいなのか、あからさまな疑惑は一切存在しない。しかし、成人後のグラビアアイドルなどでは、極めて不自然に疑問視された末に、露呈する現状が根強くあるようだ。
最近の例としては、グラドル夏川純の騒動が挙げられる。週刊誌などで報じられた疑惑を、テレビのレギュラー番組で頑なに否定した挙げ句に、結果ウェブ上で事実を認めるという顚末。
まさに、嘘の上塗りで逃れようとした悪しき典型。正直言って、呆れるよりも哀しい虚しさが募る。
年齢を偽るということは、自身の誕生日を祝福してくれる、ファンの尊い善意を裏切ることを意味する。つまり、彼女の場合、デビュー以来毎年ファンを偽り続けたことになる。イメージ戦略の一環だとしても、これは許されることでは有り得ない。
年齢詐称は誰でもやっている」「年齢の割に若く見えるからいいじゃないか」といった意見もあるが、言うまでもなく論外である。大事なのは、アイドルは決してファンを失望させてはならないということ。ましてや、自身の勝手な都合で、ファンの気持ちを踏みにじる行為を、断じて許してはならない。
嘘をつくアイドルは、芸能界を永久に追放される」くらいの、
厳しい風潮があってもいい。それだけの期待と熱い想いを背負って存在するのが、本来のアイドルの姿なのだと信じる。嘘がまかり通る、見せかけのアイドル像など要らないのだ。

混在する世界の中で、忘れられてゆく誠実な心。人の気持ちを裏切ることに何の抵抗も感じない、漠然とした意識に支配された空虚な精神。人としての心を失ったまま、誰かに夢を魅せることなど出来はしない。
どこまでも真っ直ぐに、どこまでも正直に、拙いながらも諦めることなく努力する姿。僕らの気持ちに一途に答えようとするアイドルだけが、本当のエネルギーを与えてくれる。
真実に照らされた思いは、きっと心に響くのだ。

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