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2006/06/30

天翔る夢の翼

℃-ute

飛べない翼は、無意味なものでしかない。羽ばたくことがままならないならば、過酷な自然界では生き延びることかなわない。
ハロープロジェクトという囲いに守られて、生き永らえつつ、決して羽ばたけない小鳥達。それは鳥にあらず、ただヲタの眼を楽しませる、哀れな愛玩動物でしかない。そう、つまり、飼い殺しである。
Berryz工房として飛び立った小鳥達は、優雅に大空を舞い、華々しい舞台でみるみる成長を遂げた。籠の中に取り残された小鳥達は、もどかしい思いを胸に、羨望の眼差しを向けただろう。幼い雛鳥のままのキュートな横顔は、巣立ちの機会を逃がした不運を象徴するものだ。

ここにきて、ようやくメジャーデビューのチャンスが巡ってきた、ハロプロ新世代ユニット℃-uteの面々。待望のデビューに、その表情は一様に明るく、これまでよりずっと輝いて見える。
今や、あらゆる局面でベリに出遅れた感のある℃-uteではあるが、このところの美少女性の高まりは、決して見過ごすことは出来ない。情報不足は否めないが、僕が個人的に期待を寄せるメンバーを検証してみるとしよう。

鈴木愛理
あぁ!」での、デビュー当時のあどけなさから成長して、急速に美少女性を高めた随一の存在。天性のアイドル気質は、アイドル界の眠れる怪物嗣永桃子に通ずるものすら感じ得る。各種イベントでも、溢れ出る女の子エッセンスを振り撒くアピールに、隷従する者続出。℃-uteにおける、アイドル性質の底上げを図っている。
父親がプロゴルファーというのもあり、資産家令嬢のイメージが付いてまわる点は特色。(他に、ゴルフを嗜む、コルネットを所有など) お嬢様風味アイドルという、古典的方程式にハマるかどうか、楽しみでもある。
矢島舞美
言わずと知れた、韋駄天まいみぃー。ある意味、怖いもの知らずなそのキャラクターは、怪物(ももち)を敵に廻しても危機感のまるでない、まことしやかな純天然ぶり。ももち弁当の煮豆を、ちなこと嘲笑し、ももちの逆鱗に触れた!?など、ネタか事実かよく分からないエピソードまで囁かれている。
℃-uteのリーダーとしては、率先してメンバーを引っ張るというよりは、和やかに力を合わせて頑張ろうといった融和的な意志を感じる。年下に慕われる面倒見の良さも好評。完成度の高い爽やかな美少女ぶりには、これからも目が離せない。
有原栞菜
ハロプロエッグから編入した、完全に未知数の女の子。おっとりとした喋り方と、目鼻立ちのはっきりした顔立ちが絶妙に溶け合い、独自の小動物系の愛らしさを醸し出している。正統派と言って差し支えないルックスの持ち主だ。
アイドル道をひた走って欲しい逸材だが…握手会では、唯一、疲労困憊してしまう等、まだまだアイドル見習いといったところ。将来性があるだけに、長い目で見守るべきだろう。
村上愛
影の裏番とも目される、実力派の雄。ダンスや歌唱力はもちろん、トークも表現力豊かにこなすマルチな才を有している。その反面、負けず嫌いな性格からくるプライドの高さも垣間見え、他メンへの厳しいツッコミも容赦なかったりする。もしも、めーぐるがリーダーになっていたならば、℃-uteの色も大分変わっていたように思える。
なかさきちゃんに恐れられているようだが、これはお化け屋敷に出てきそうだから(猫娘?)という意味らしい。的を射ている気がしないでもない!?
鈴木愛理

ただ、見上げるだけだった大空への憧れ。胸の内でくすぶり続けた願いは、幼いままの少女らしい面影に、たゆみなき強かさと、空を翔る翼を与えたのかも知れない。
少女の願いが天高く舞い上がるように、夢は今、翼を広げた。

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2006/06/17

ももち論 嗣永プロの野望

嗣永桃子 この世に地獄が溢れ出る、禍々しい光景に戦慄を覚える。突如として出現した未知なる怪物は、混沌とするアイドル界を更なる地獄へと変え、下僕たるファンでさえ喰い尽くし、今なお成長し続ける…。
我ら矮小たる存在は、畏怖の念をもってこの破壊者に跪かなければならない。血肉を求めて破壊と殺戮を繰り返す、
大いなる眠れる魂アイドルモンスター嗣永桃子に対して!

果てることない飢えと渇望。露骨なまでにアイドルアピールを投げかける嗣永桃子(ももち)の貪欲さは、絶食を余儀なくされた肉食動物のそれである。そのアイドル王道ど真ん中をゆく立ち振る舞い計算ともとれるプリティアピールの数々空前絶後のアイドル性を、僕は怪物と形容したが、世間ではこれを「嗣永プロ」と呼ぶらしい。
素人には窺い知れぬ、プロフェッショナルたるももちの心意気とは、如何なるものか? この底知れないももちの企図するもの、その全容を解明するのは、いち下僕たる僕の領域を超える。今回は、そのほんの一部を取り上げて、ももちの恐るべき野望に、身も心も血の色に染め上げるとしよう。

このところのももちの言動において、最も顕著なのが、執拗な
までの「大人アピール」である。キャラ的に言っても、明らかに年長組らしからぬ落ち着きのなさ、外見的にも幼い要素を持つももちが、「大人っぽくない」ことは火を見るより明らかだ。
当然、ベリメンも全面否定。最年少のりしゃこをも呆れさせる、ももちの大人発言に、何かしら意図的な策略を感じ取れるのは僕だけだろうか!?
ももちの過剰な大人アピール。これに対する他メンの容赦ないツッコミ。ラジオでよく見られるこの図式は、否応なくももちの圧倒的な存在感を際立たせる結果となる。つまりももちは、ツッコまれることで、より自らがクローズアップされるのを認識していて、その瞬間を逃がさずに「大人ぶって苛められる可愛さ」をアピールしているように思えるのだ。
まさに、プロである。
ベリのライブDVDを見るにつけ、心を惹き付けるのが感動のラストステージ。ここでも、ももちの飽くなき血に飢えた唸り声が聞こえるかのようだ。
絶妙なタイミングで、「」という牙を剥き出しにするももち。まるごとでは、他メンが台本通りにコメントを述べる中、最後のももちが十分なタメを作り観客の目を引き付ける。そして、声を震わせ「」を剥く。隣のまあさを完全に引き立て役にしつつ…。
スイッチオンでは、舞波とのパートを計ったかのごとく、いち早く泣きの姿勢を見せ、メンバーの涙腺を直撃し一気に盛り上げる。さながら、嗣永桃子with Berryz工房といった光景が繰り広げられる。
まさに、プロである。
恐らくはベリにおいて、最も女の子らしい身体的成長を遂げているももち。ももちにとって、自らの肉体までもが自身をアピールする為の武器に過ぎないのか。
アイドル王道に在りながら、ところどころにセクシーアピールを散りばめるももち。ハイスコアでは、加護亜依とのデュオで、隣の加護ちゃんが脚を閉じているにも拘らず、スカートを全開! 観客の目を点にしたらしい。 おはスタでは、ノーブラ疑惑(まさかとは思うが…)、胸の谷間アピールなど、確実にファンの息の根を止めようと企てる。
まさに、プロである。
Berryz工房

紅蓮の炎が燃え盛る、桃色の地獄絵図。全てを貪り尽くし蹂躙する、陰鬱な欲望を抱えた前代未聞の怪物、嗣永桃子。
プロたる、ももちの荒ぶるアイドル魂を目にするごとに、僕は心の底から畏敬の念を禁じ得ない。ももちの尽きない野望とは、あらゆるものを自らの血肉と化し、それを礎に王道アイドルの高みを突き破ることにあるのだ!
やがて、怪物に喰い千切られるであろう僕の運命は…薄れゆく意識の中で、桃源郷へと旅立つ甘美な感覚に満たされる幸福に帰結するだろう。

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2006/06/13

小さな蒼い花

川原真琴

しとしとと雨の降りしきる梅雨空を見上げながら、なぜか穏やかな落ち着いた心持ちになる。僕の心に棲むものの存在と向き合うことは、探究心に満ちたささやかな好奇心をくすぐる、僕にとって楽しい作業となった。

久しぶりに訪れる秋葉原は、梅雨の小雨に濡れそぼち、雑踏の波も雨の底に落ち沈んで見える。僕の心に棲む少女、具現化したその姿を一目見ようと、川原真琴DVD発売イベント
やってきたわけである。(参照:心の水面に映る少女
ヤマギワソフトのイベント方式に乗っ取り、屋外に並ぶ傘の列は、ざっと100人弱といったところか。相変わらず、当日購入に頼る僕の入場番号は101番。かなり最後尾に近い。しかし、いざ入ってみれば、半数近くが好きな席につける余裕のあるイベント状況。もはや定位置になりつつある端の席は譲れないとばかりに、3列目右端の席を確保。まさにベストポジションだ。
若手芸人風MCの呼びかけ提案で、なぜか「まことちゃん」と呼ぶことに。これでは、某氏のキワモノ漫画のようだ…。(一般には、まこっちゃん、マコティなど) 登場したまこち(僕の中だけの呼び方)は、やはりというか当然の見目麗しい大人っぽさ。小中学生のイベントで癒されるのが最近の日常である僕には、ことさらに新鮮に思えてしまう。スラリとしたスタイルに、ピチモならではのお洒落な私服を纏うその姿は、神々しくもあり、やや圧倒される。
のっけから「緊張し過ぎて帰りたい」と、漏らす辺りがツッコミどころ満載で流石だ。トーク内容もなかなか盛り沢山で、ドラマ撮影の休憩時間の話から、プライベートに至るまで、まこボケMCツッコミの掛け合いも含めて面白かった。印象的なのが、スマップや平井堅との接近遭遇の話題。すれ違うだけのエピソードを嬉しそうに語るまこちは、見た目よりずっと親しみやすい素顔の素人味を覗かせる。僕にしてみれば、スマップなんぞより、まこちと接近遭遇する方がよっぽどときめくというもの。
高校生になってしまいましたが、応援して下さい」と、不自然なくらい謙虚な姿勢に、低年齢の子に注目しがちな僕の心の内を見透かされるようだ。
途中、イベントの模様をまこちが携帯で撮影し、そのままブログに投稿するなど、異例なこともあった。幸い?端の席にいた僕は写っていなかったが、かなり残念な中年世代も多く痛々しくもある光景。(僕も含めて!?) ピチモということで、若い女の子のファンもいるのかと思いきや、ほとんど見られなかったようだ。
そして恒例の、プレゼント争奪じゃんけん撮影会と進み、最後に握手会。ある意味、僕の心に映し出された少女の面影を照らし合わせる、緊張の瞬間。比較的、会話も許される絶好の機会。 得てして、あがり症の僕が失敗する予感をはらむが、
やっぱりやらかしてしまった。
「ブログにトラックバックさせてもらってます」(緊張のあまり、上擦る声) まこち「何てお名前ですか?」 「santaです」 まこち「santaさん、はあ…!?」(そもそも1、2回しかしていないから、分かる筈がない)そしてなぜか…
アンディ(まこの飼い犬)の写真を沢山載せてもらえると、嬉しいです!
僕はアンディのファンじゃないのにっ‥!! 支離滅裂で
大変に残念な状況となってしまった。。

かなりの痛手を被る形となった今イベントだが、確かに僕の心に波紋を立てた意義あるものだったと思える。大人っぽい外見と美しさが印象的なまこちでも、どこか温かい陽だまりのような優しさに触れられたのが何より大きい。
心の水面に映る少女は、目立たないながらも雨の季節に咲いた小さな蒼い花なのだと、梅雨空を仰ぎつつ思った。

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2006/06/06

動きあればこその魅力

加地千尋 思いもかけないところから、新たな魅力を見い出せるのが、少女の摩訶不思議な生態の特徴といえるのだろうか。それは特に、グラビアやブロマイドで見る静止映像よりも、実際に動くその姿に思いがけず惹かれてしまうケースが、結構多いように思われる。
単に写真写りの良し悪しのみならず、動きの中での喋り方や仕草、声質などの要素で、より輝いて見える少女というのが多数存在するのだ。

僕にとってテレビとは、ニュースとプロ野球を見る為だけの箱に過ぎない。あとはただ、点けておくことによって、未だ見ぬ美少女との遭遇に見舞われるのを密かに期待するだけだ。
やれ芸能人の結婚だ離婚だの、逝去に至るまで、全くもってどうでもよろしい。重要なのは、美少女だけだ。もう一度言おう。美少女だけなんだ。
先日、TEPCOひかりのCMで、美麗な歌声を奏でる少女は誰かと思いきや、「女王の教室」で神の鉄槌てぃひ」を振りかざした、志田未来ではないか! ピュアピュア等、グラビアで見る限り、ドラマで拝見した程には魅力的に見えなかったこの子は、まさに動きあってこその美少女といえるだろう。
ドラマでいうなら、話題の子役ドラマの続編「新キッズ・ウォー2」に注目が集まる。主演の加地千尋は、相変わらず男勝りに
啖呵を切って大暴れ。中学生にはちょっと見えない愛らしい美少女ぶりとのギャップが、今回も両極端にして効果的に印象付ける。
この子もやはり、公式の写真で見たりするより、ドラマで生き生きと演じる姿がずっと可愛く見える。志田未来ともども、素でのおしとやかな一面を見てみたい女の子だ。イメージDVD等の
展開が是非とも欲しいところ。(水着はなくとも)
このドラマで、花(加地)のライバルとなる役どころである桃子(佐藤栞菜)が、迫力ある演技で良い味を出している。美少女性は疑問だが、女優としては有力な可能性を持っているに違いない。
栞菜といえば…言わずと知れたハロプロ次世代ユニット℃-uteの新メンバー有原栞菜が思い浮かぶ。もちろん、この子が加入したのは知っていたが…写真で見る限り、やや男顔でも
あるせいか?それほど美少女という印象は覚えなかった。
しかし、GyaO(ギャオ)配信のハロプロアワーを見てみると、何とまあ初々しくて可愛いじゃないか! 緊張で舞い上がって、新垣里沙に「新垣しゃん!」と、のたまふ辺りがまさにキュート風味全開なことこの上ない。12歳中1という、少女美全盛期に差し掛かる可愛さは、やはり特別なものがある。番組構成上、まだうまく喋れないキッズに時間を割けないのも分かるが、もっともっとキッズメンを掘り下げて欲しいものだ。
℃-uteに関しても、その稀薄な活動ぶりを見て分かる通り、「Berryz工房に漏れたキッズで、とりあえず作ってみました」感が否めない。こんな可愛い子を入れたのならば、飼い殺しにはして欲しくない。最近になって、「まっさらブルージーンズ」「即 抱きしめて」と、続けて曲(非メジャー)をリリースしたそうだが、まだまだ物足りないだろう。
有原栞菜

美術館のギャラリーに陳列したくなる、芸術性の高い美少女の肖像。その幻想的な甘い面影は、非現実的な夢の中へと誘う、抗い切れない妄想の欲求を掻き立てる。
けれど動きのある世界では、幻想を抱く間もなく、素顔を晒したありのままの少女の姿がそこに在る。
真に少女の魅力に触れるならば、夢で幻想と遊ぶよりも、あるがままの等身大の少女の魅力を受け止めるべきなのかも知れない。

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