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2006/04/26

クールビューティーの本懐

Yurina ゴールデンウィークをもって幕を閉じる、Berryz工房春コンサートツアー「にょきにょきチャンピオン」。
少女らの躍動感溢れる高いパフォーマンスに大いに魅了され、初のコンサート参戦を誓った僕だが…予想を上回るベリ人気により、チケットの入手ですらままならない状況。それでなくとも、テンション控えめに自分なりの楽しみ方を望む僕には、あの狂気乱舞するベリファンの中に飛び込むのはやはり不安感が拭い切れず‥チケットが簡単に入手出来ないのは、ある意味致命的だったり
する。
そんなわけで、ベリコン初参戦は次の機会となってしまったわけだが、聞くところによると今回のツアーではいわゆる「個人推し」をメインテーマに掲げた異例のものとなっている様子。そう、つまりにょきにょきと急成長する熊井友理奈(くまさん)が主役であるらしい。
なぜ今、くまさんなのか? それは言うまでもなく、ベリメンの中において最も著しい身体的な発育を見せ、それと共に他メンの持ち得ないクールビューティーな雰囲気をも加味した、新たな
魅力を見い出したからであろう。
ももりしゃなど、アイドル性、美少女性をすべからく注目する傾向のある僕にとって、くまさんの成長は完全に盲点であった。
ももち! ももち!! と、舞い上がる僕の背後に立つくま山脈は、もはや不意打ちに等しく、戦慄するに余りある。元々、生粋のベリヲタとはいえない僕が見ても、とび抜けた特徴を見付けられなかったくまさん。彼女について語ろうとするには、あまりに取っ掛かりが少な過ぎる。したがって今回は、僕の憶測と妄想を連ねるだけに止めよう。(大抵、いつもそう!?)

Berryz工房の人間関係を語る上で、非常に重要かつ微妙な役割を担うくまさん。戦力の均衡を保つのに欠かせない、カウンターウエイトの位置付けを意識なくこなしているように思える。
当初、O型の多いベリにおいてB型のくまさんは、異色な存在として受け入れられたはずだ。しかしくまさんの場合、人懐こいポジティブな性格が幸いしてか、多くにおいてメンバーから親しまれるいわば「放っておけない存在」を確立したといえるだろう。
現に、雅ちゃんを巡るみやさき・みやりしゃ紛争を、まあさんという平和の使者を駆使して平和的解決を図ったという経緯がある。メンバー間の潤滑油となる働きぶりの目立つ彼女だが、
その人を引き寄せる魅力が時に新たな火種を生むこともある。
水面下で反目するももちなにとって、くまさんはあらゆる局面で優位を保つことの出来るスーパーウエポンである。でっかいダブルユーという既成事実(現段階では崩壊か?)を盾に頑なな姿勢を崩さないちなこに対して、高人気と年長組の特権を武器に徹底抗戦を叫ぶももち。一時は、キューバ危機を彷彿とさせる一触即発の事態にまで達し、(参照:謎の巻物全面戦争も危ぶまれたが、最近ではやや沈静化してきたと見られる。ももちなにおいては、単に互いのキャラが合わないといった点でも摩擦が起きやすいだけに、今後くまさんは注意深く2人の関係を見守る必要があるだろう。
もう1つ、くまさんのキャラクター分析をさせてもらえるなら、あえて挙げたいのが、加速する身体的成長に対する心理状況である。最初の内、背が伸びるのを誇らしげだったくまさんだが、次第に止まらない成長を憂う言動が目立つように。大方のファンにとっても、こういった急激な変化は歓迎しかねる傾向もあるようで、どうもごく一部ではあるが暴言を浴びせられるような事もあったようだ。BLTで靴のサイズを過大表示された時も、かなりムキになって訂正していたりもした。
Momochina

本来は、幼く無邪気なキャラクターが身上であるくまさん。身体と心のバランスに悩まされる思春期の少女ならではの、密やかな苦悩がむしろ愛おしくさえ感じる。
彼女はきっと知っているはずだ。クールビューティーな大人っぽさよりも、人に愛される可愛さの方が、アイドルの魅力としての価値はずっと尊いのだ、と。 見かけよりも、内に持つ純粋無垢な少女らしい輝きが何より大切なのだと、くまさんは僕に教えてくれた。

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2006/04/20

心の泣き声を奏でる少女

Saki 今なおアイドルユニットの頂点に立つモーニング娘。 絶頂期に比べると徐々に人気に陰りが見え出したとはいえ、まだまだその勢いは衰えを見せない。この絶大な人気に牽引される形で誕生したユニットであるBerryz工房だが…今や「モーニング娘。の妹分」という位置付けを完全に脱却し、ハロプロを、いやアイドル界を代表する
人気アイドルユニットへと成長を遂げつつある。
アイドルユニットを語る上で、ユニットの中心となり、メンバーをまとめ、精神的な柱となるリーダーの存在を度外視することは出来ない。そう、Berryz工房でいうならば清水佐紀キャプテン)を語らずして、Berryz工房は語れないのだ。

高度なパフォーマンスを有する、いわば筋金入りのアイドルの類いの中でいえば、Berryz工房のキャプテンという立場は、極めて特異であるといえよう。年長者が抜擢される例に漏れず、キャプテンに就任したわけだが…彼女の場合、当時まだ小学生である。にも拘らず、すんなりとそれを受け入れ、確かなリーダーシップを発揮した少女の強かさには、少々驚いた。
メンバーの中で最も幼い容姿でありながら、切れの良いダンスと子供らしくない落ち着きぶりでメンバーに模範を示すキャプテン。少なくとも、メディアで苦心するキャプテンの顔は見せなかったはずだ。
それらに反し、キャプテン自身の人気は下降線をたどる。やがて夏焼嗣永菅谷熊井の前衛が確立し、キャプテンでありながら後衛に追いやられ、それでなくとも小さい彼女が余計に小さく映る。キャプテンは苦悩しただろうか? メンバーのグッズ売上げ等にも、如実に表れたようだ。
表には決して見せないもう1つの顔があるのだろう。ダンスレッスンでは、教えられたダンスを自宅で完璧に覚えてくるキャプテン。心ないファンに握手を拒否されても、台に乗って微笑みを絶やさないキャプテン。ライブで汗まみれになって、倒れそうになりながらも頑張るキャプテン。Berryz工房で最も強い心を持っているかのように思える。当然である。
幼くしてベリを引っ張る大役を務めてきたキャプテンが、これまで大きく成長してきたのは疑いないところだ。それならば、その内に秘めたハートも強く、鋼のごとく進化したのだろうか?
僕は、それは違うと見る。むしろ、逆に弱くなったとさえ感じる。なぜか?
本来、小学生から中学生にかける繊細で微妙な時期においては、自分の事が中心になりがちである。特に、アイドルとして様々な高い要求を突きつけられる状況では、自分に課せられる務めを果たすのが精一杯なはずだ。リーダーとしての役割をそつなくこなし、なおかつ高いパフォーマンスを熱く体現してきたキャプテン。単に持ち前の努力だけで乗り切ろうとするには、あまりにも重い悲壮な決意。最近になってから、綻びともとれるキャプテンの横顔が窺える時がままある。
Sakicry

思いがけない感情の発露。キャプテンの流す涙には、長く降り積もった雪が決壊するかのような、心の深い部分から訴える
特別な意味を持ち合わせている気がしてならない。
舞波卒コン市原での突然の涙。音楽戦士で青木さやかにちょっと脅かされて、なぜか号泣するなど。通常では考えられない場面で、いともたやすく感情を露わにしてしまうキャプテン。アイドルとしての成長とは裏腹な、壊れやすいガラス細工のような心の一面を垣間見せる。
耳を澄ませば、心の泣き声が聴こえるようだ。キャプテン自身ですら気付かないままに、奏でる悲しい旋律。強く訴えかけるその響きは、不完全で繊細な魂をもつ少女のイメージを強くする。
僕は、人知れず蝕まれる少女の、儚くか弱い心の発する涙の音色に、むしろ惹き込まれているのかも知れない‥。

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